blog

モニターツアー〝生業のある風景〟大牟田・南関編 レポート

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

2016年12月21日(水)。
いよいよモニターツアー〝生業のある風景〟もラスト。第3回目は、熊本県の南関町と福岡県の大牟田市を巡りました。

・第1回目のモニターツアー〝生業のある風景〟荒尾・長洲編(http://creative-tour.fddj.cc/tour_report/3611/
・第2回目のモニターツアー〝生業のある風景〟柳川・みやま編(http://creative-tour.fddj.cc/tour_report/3619/

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

最初の見学先は、南関町の塩山食品です。こちらでは、町の名産品の一つである「南関あげ」を製造しています。
工場長の塩山さんに、南関あげの作り方などを教えていただきました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

製造工程の各段階で、大豆がどのように南関あげになっていくのか、現物を前にご説明くださいます。
大豆から出来るのは、普通のものより少し硬めの豆腐。
それを薄くスライスし、プレスして水分を抜くと、振っても破れないほどの硬さに。
その薄く硬い豆腐を二度揚げして、カットすれば完成です。
どのくらいの硬さなのか、触って確認。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

実際の製造風景も見せていただきました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

1日に1万5千枚もの南関あげを作っているそうですが、その一枚一枚を、人の手で丁寧に揚げているのには驚きました。
まずは低温の油で揚げながら大きく広げていき、高温の油に移してパリッと仕上げます。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

みるみると揚げる前の4倍以上の大きさになっていく様子は、まるで魔法か手品を見ているよう。
職人さんの熟練の技に釘付けになりました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

お土産にいただいた南関あげ。定番のお味噌汁やいなり寿司だけでなく、様々なお料理に使えるそうです。
海苔のかわりに南関あげを使って作る「南関あげ巻き寿司」は郷土の味。
筍の煮物には相性抜群で、なんとカレーに入れても美味しいとのこと。
水分を極力抜いているため、常温でも約3か月の長期保存が可能。
だしや水分が染み込みやすく、食感はふっくらジューシーなのだとか。お料理するのが楽しみです。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

次に訪れたのは、猿渡製麺所。南関町の代表的な特産品である、南関そうめんを作っています。
全国的に機械化が進んでいる中で、こちらは全ての工程を手作業で行っている、貴重な製麺所です。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

特に、2本の竹の棒を自在に操り、生地を細く細く引き延ばしていく職人技は圧巻。
30センチほどの生地が、最終的には4メートルもの長さになります。
針の穴も通るほど細い、白糸のような南関そうめんが天日干しされている風景は、
今となってはもう、ここでしか見ることができません。(上の写真は、冊子の取材時に撮影したものです。)

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

猿渡製麺所の9代目・井形朝香さんと、現在、弟子入りをしている猿渡さんが出迎えてくださいました。
井形さんは81歳になられるそうですが、とてもそうは見えないほど若々しくお元気です。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

そうめん作りには、お天気を読むことが欠かせません。
今は天気の良い日だけ、そうめん作りをしているそうで、
翌日が雨の予報だった今日は、残念ながら作られていませんでしたが、
その分、ゆっくりとお話を伺うことができました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

小学校3年生の時からそうめん作りを手伝い、70年間この道一筋という井形さん。
南関そうめんの作り方から由来、そして、これまでの並々ならぬ苦労や喜びなども教えてくださいました。

戦時中、そうめん作りを止めるようにと警察に何度連れていかれても、作り続けた祖父の思い出。
子どもの頃、川で遊んでいる友達を横目に、泣きながら手伝いをしていたこと。
家出して逃げ出したいと何度も思いながらも、歯を食いしばって続けてきたからこそ、
今も伝統の技と味が残っているのだという自負。
後継者がいない中、猿渡製麺所の味に惚れ込み、前年から修行に来ているお弟子さんの成長を見る喜び。

「そうめん作りは私の命です」と、井形さんはきっぱり仰います。
自分の一生をかけ、一つのことに打ち込んできたからこそ語ることのできる言葉が胸に沁みました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

「安政三年」と書かれていたという道具(クレンザーで掃除をしたら消えてしまったらしいのですが…)や、
曾祖母の代から200年間も大事に使われてきた包丁など、置いてある道具にも歴史の重みが感じられます。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

手打ち・手延べで作る南関そうめんはコシの強さが特徴で、茹でて置いていても伸びないのだとか。
一つひとつ手作りのため、大量生産できない希少なものです。
こちらでしか買えない南関そうめんをお土産に購入して、
昼食場所である「特産品センター なんかん いきいき村」へと向かいました。

素晴らしい職人技と天日干しの風景を、参加者の皆さんにご覧いただけなかったのは非常に残念でしたが、
昔ながらの製法を受け継ぎ、自然と真摯に向き合いながら作っているということが、
余計に印象づけられたように思います。
これが機械化されていて乾燥機で乾かすのなら、天候に関係なく、いつでも見られるわけですから…。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

昼食は、うどんとバイキングの2グループに分かれて頂きました。
バイキングは、そのメニューの豊富さにまずビックリ。
塩山食品で教わった、郷土料理の南関あげ巻き寿司や、南関あげ入りカレーなども並んでいます。
どれもこれも美味しくて、胃袋が1つでは足りないくらい…。
皆さん、何度も何度もおかわりへと席を立ち、お腹いっぱい堪能しました。ごちそうさまでした!

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

続いては、大牟田市へ。officeTKの田中さんが案内してくださいました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

長い階段を上り、まず訪れたのは、大牟田の人もあまり来ないという場所。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

ここから見える景色が、昔からある大牟田の原風景だと田中さんは仰います。
反対側の西の方は、江戸時代以降に干拓によってできた土地なのだとか。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

「地名は、その土地の特徴を示しています。では、“大牟田”はどういう意味かご存知ですか?」と田中さん。
「牟田」とは、沼や湿地を表す言葉。つまり「大きな牟田」ということで、この地はかつて、湿地帯だったそうです。
そして、大牟田といえば炭鉱のイメージ。
大牟田の炭層は、古第三紀(6,600万年前〜2,303万年前)にメタセコイアの木が堆積して出来たものだとか。
はるか古代、ここにはメタセコイアが群生していたのでしょうね。
気が遠くなるような遠い時代の情景に思いを馳せました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

白い鳥居と朱色の社殿が印象的な金比羅神社にも立ち寄り、高台から町並みを眺めながら、
炭鉱で栄えた華やかなりし頃の話などを教えて頂きました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

大牟田川沿いを歩き、商店街へと向かいます。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

大牟田には、お好み焼きのお店がたくさん。その背景には、悲しい理由がありました。
50年程前、炭鉱での炭塵爆発で400名以上もの方が亡くなるという大事故があり、大牟田には多くの未亡人が…。
彼女たちは生活をしていくため、家の玄関先で、鉄板と粉があればできる商売としてお好み焼き屋を始めたのだそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

銀座通り商店街の中にある大牟田神社で集合写真を撮った後は、しばし自由散策。
今回は写真学科の学生さんたちも参加してくださり、思い思いにシャッターを切っていました。
中にはカメラ3台で臨んでくれた方も!

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

途中で、明治時代から続く老舗の和菓子屋「菊水堂」の森さんが、かすてら饅頭を振る舞ってくださいました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

しかも、特別にクリスマス・バージョン!かわいいトナカイです!

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

食べるのがもったいないような気もしましたが…美味しく頂戴しました。ありがとうございました!

実は、菊水堂の森さんには、
記念すべき第1回目のクリエイティブツアー「大牟田レトログラフィvol.1」でもお世話になっており、
実際に作るところを見学させてもらっています。
その時の出来立てアツアツのかすてら饅頭が、これまた格別な味だったそうで…。(とっても羨ましいです!)

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

おやつで一服した後は、銀座通り商店街の奴屋さんへ。
こちらで井形知子さんに、下駄の鼻緒かけの実演を見せていただきます。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

下駄や草履の鼻緒の取り替えを行うお店も現在では少なくなってきていますが、
奴屋さんでは開店当初から90年以上も続けているそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

お客さんの足の形に合わせて、履きやすいように鼻緒を調節。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

機械にはできない、こまやかで丁寧な手仕事です。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

素敵な下駄や草履がずらり。
柾目(まさめ)の通った下駄というのが、一番上等な、良い下駄なのだとか。
今ではほとんど作られなくなってきているそうで、
「売らずに大事にとっておいたのよ」と昔のものを見せてくださいました。
下駄の台の表面から歯まで、木目がまっすぐに通っていて、
歯の部分も後から付けたのではなく、一枚の木をくり抜いて出来ています。
私も好きな台と鼻緒を選んで、自分好みの下駄を誂えてみたくなりました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

再び、商店街を散策しつつ、辿り着いたのは、旧大牟田商工会議所。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

昭和11(1936)年の竣工当時は、地下1階・地上2階建てでしたが、
地盤沈下のため、昭和42(1967)年に地下の部分を埋め立てて改築されたそう。
三池炭鉱と共に歩んできた大牟田の商工史を物語る貴重な建物です。

その他にも、近代日本の発展に欠かせなかった石炭を掘り出していた大牟田には、
当時の繁栄ぶりを示すような素晴らしい造形物の痕跡があちこちに残っているので、
ぜひ見つけていただけたら嬉しいですと田中さん。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

旧大牟田商工会議所の脇の細い道を通り抜けると、そこには「有明商店街 年金通り 低料金」の看板が。
かつては炭坑夫たちで繁盛していた飲み屋街が、今では年金で暮らす高齢者の憩いの場になっているという、
ユニークな商店街です。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

田中さんの地元愛に溢れるお話を聞きながら大牟田のまちを歩くことで、
何気ない風景の中にも、様々な物語が見えてきました。

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

最後にエコサンクセンターにて、アンケートの記入と意見交換会。
参加者の皆さんから貴重なご意見・ご感想を頂きました。ご参加いただき、ありがとうございました!

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

まるで水を湛えた棚田のように輝く、ソーラーパネル。
有明海に沈む美しい夕陽を目に焼き付けて、大牟田を後にしました。

お話を聞かせてくださった皆さん。
南関町をご案内くださった仁田原さん。
大牟田市をご案内くださったofficeTKの田中さん、市の永江さん。
その他、ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。


モニターツアー〝生業のある風景〟柳川・みやま編 レポート

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

2016年12月13日(火)。
モニターツアー〝生業のある風景〟の第2回目として、福岡県の柳川市とみやま市を巡ってきました。

・第1回目のモニターツアー〝生業のある風景〟荒尾・長洲編(http://creative-tour.fddj.cc/tour_report/3611/

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

最初の目的地は、柳川市の中島朝市です。
まずは中島商店会会長の浦さんに、今までの朝市の歴史と、
現在取り組まれている「中島商店街イノベーション事業」についてお話を伺いました。

170年程前の江戸時代から続いているという朝市。
当時、ここを治めていたお殿様から許されていたお店が5〜6軒と少なかったため、
品物を手に入れるために物々交換をしていたのが朝市の始まりだと言われているそうです。
昔はすぐそばに流れている矢部川の近くで開かれていましたが、
約60年前にこの商店街ができ、ここで朝市が行われるようになりました。
正月三が日以外は毎日営業。有明海沿岸で朝市を毎日開いているところは、ここだけなのだとか。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

空き地となっている場所にも、かつては青果市場があり、
映画館や寿司屋、スナックに小料理屋など色々なお店が軒を連ね、ここで生活すれば、すべてが揃うような状況でした。
しかし、時代と共に段々と空き店舗が増え、今や営業しているのは半分程度。
30年程前までは露天で商売をされている方が40人程いましたが、
現在は高齢化などの影響で10人もいらっしゃらないということでした。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

今、商店街の中にある60坪の古民家をリノベーションし、
中島地区の賑わいを創出する拠点にしていこうという事業を行っています。
「自分の生活のために商売をして稼ぐだけでなく、
地域に住んでいる人やコミュニティの人たちに喜んでもらえることをするのが
自分たちのやらなければならないことだと思う」そう語る浦さんの熱い想いに、感銘を受けました。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

それでは、実際に中島朝市の散策へと繰り出しましょう。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

お天気があいにくの雨で、お店を出されている方も多くはなかったのですが、それでもスーパーなどと違い、
直接お店の方と対面して話をしながら買い物するのは、とても楽しいものです。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

こちらの商店街の方は、とても気さくに声をかけてくださいます。
そして、有明海の新鮮な海の幸がとってもお安い!!

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

「1箱でこのお値段!?」とビックリするようなものや、なかなか普段はお目にかかれないようなお魚も並んでいて、
思わず目移りしてしまいます。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

今夜のおかずにと新鮮な魚介類や野菜を購入する人、
「お買い得だったから」とチクワなどの練りものをたくさん手にしている人、
美味しそうなミカンの入った袋を下げている人、
買った車海老を「刺身で食べようか、しゃぶしゃぶにしようか」とほくそ笑んでいる人、
揚げたてのお惣菜で小腹を満たす人など、参加者の方々も思い思いにお買い物を楽しんでいらっしゃいました。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

中島朝市を堪能した後は、漁港の方へと歩いて向かいます。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

川沿いに停泊している海苔漁船。
実はここ柳川は、全国第2位の水揚げ量を誇る、海苔の一大産地でもあるのです。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

続いては、昼食の場所へ。
バスに乗り込む前、柳川市をご案内くださった犬塚さんから「皆さんにどうぞ」とお土産が。
個人的に「朝市で絶対に食べよう!」と意気込んでいたものの、
お店が移転していたため断念した回転焼きではないですか!!
わざわざ買いに行ってくださって、本当にありがとうございました。お心遣いがとても嬉しかったです。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

ランチは柳川のお堀沿いにあるオシャレなお店「紅茶の店リバーフロー」で頂きました。ごちそうさまでした!
お腹いっぱいになった後は、柳川市からみやま市へと移動します。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

次の見学地は、280年以上の歴史を持つ菊美人酒造。専務の江崎さんにお話を伺いました。
福岡県には造り酒屋が多く、その数なんと全国第5位。
70もの蔵元があり、その内の61軒は日本酒蔵で、残りが焼酎蔵だそうです。
福岡の民謡・黒田節で「酒は呑め呑め 呑むならば〜♪」と唄われている酒というのも、もちろん日本酒のこと。
福岡・佐賀・長崎は、だいたい日本酒が主なのだとか。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

ここは水がとても良く、ミネラルウォーターを買う必要がないほど。
そんな矢部川の伏流水を日本酒の仕込みに使うだけでなく、昔は水運にも利用し、長崎までお酒を運んでいました。
坂本龍馬ら幕末の志士たちが長崎の料亭・花月で呑んでいたお酒は、菊美人酒造を含めた、ここ瀬高のもの。
「日本の近代を作ったのは瀬高の酒と言っても過言じゃないんです」と江崎さん。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

先々代の社長の奥様である加代さんは、柳川の詩人・北原白秋の実姉にあたります。
加代さんは93歳というご長寿で、江崎さんも中学2年生の時まで一緒に暮らしていました。
お酒「菊美人」のラベルの文字は白秋のもの。
室内には白秋の直筆の書がいくつも飾られていて、なんだかテレビの『開運!なんでも鑑定団』を見ている気分に…。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

新酒が出来たことを知らせる「杉玉」。「酒林(さかばやし)」とも言うそうです。
ちょうど12月はお酒を作られていなかったのですが、お米を蒸す釜場、仕込み蔵、麹室などを見せてもらいながら、
酒造りの方法を教えていただきました。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

煉瓦造りのとても古い麹室。断熱材として籾殻が使われていて、中は冬場でも34度くらいに保たれています。
麹作りは泊まり込みで、しかも4月中旬まで休み無しの大変な作業とのこと。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

「秋洗い」という言葉があるそうで、秋に蔵や道具の掃除をします。
殺菌は昔ながらの柿渋を使って。不思議なことに、柿渋のにおいはお酒につかないのだとか。
今となっては作る職人もいなくなった大きな木桶や斗瓶なども大切に使われていました。
蔵人の歌う「酒造り唄」も、昔々のお話ではなく、今も実際に歌いながら作業をしているそう。
みんなで唄を歌うことで、作業時間を測ることができ、かき混ぜる時の櫂(かい)を入れる調子も揃うからです。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

お酒を絞る槽場(ふなば)。
舟の形をした水槽(みずぶね)と責槽(せめぶね)を使い、普通酒まで全部これで絞っています。
冬の冷たさの中、酒袋にもろみを入れて手作業で積んでいくのは、とても辛い仕事。
それでも自動圧搾機を使わないのは「手間をかければかけるほど、酒は美味しくなる」という信念があるからこそ。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

黙々と瓶詰め作業をされていました。
こちらでは現在8人で酒造りを行っていて、だいたい35日から45日かけて日本酒が出来上がるそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

ラベル貼りも1本1本、手作業で。
受け継がれてきた知恵や伝統の技、そしてこの味を守り、本当に良いものをつくっていかなければならないという決意が、江崎さんのお話から伝わってきました。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

「日本酒は四季で味が変わるのが面白い」と江崎さん。
春はフレッシュで荒々しい味、夏になるとだいぶ落ち着いてきて、夏越えすると熟成が増す。
「食欲の秋」と言いますが、秋になるとお酒も美味しくなるとのこと。
そして、お酒の試飲もさせていただきました。
柳川の甘辛い魚の煮付けにも負けないような、どっしりした味。生野菜が合うような、スッとした味…。
ちょっぴりホロ酔いになりながら、気に入ったお酒をお土産に買って、最後の目的地へと向かいます。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

到着したのは荒木製蝋。櫨(はぜ)の木から蝋(ろう)を作っている、全国でも珍しい会社です。
エフ・ディが出版している『ちくごの手仕事』や『littlepress』でも取材をさせていただいています。

社長の荒木さんにご説明いただきながら、工場内を見学しました。
ウルシの仲間である櫨。その実から抽出されて出来る蝋を木蝋(もくろう)と呼びます。
最近では目にすることも少なくなった、和ろうそくの原料でもあります。
その他、化粧品や医薬品、文房具などの原料にも。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

「櫨の実の果肉部分と種、どちらから蝋が取れると思いますか?」と荒木さん。
てっきり種からだと思ったのですが、正解は果肉の方。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

抽出した蝋を器に入れて冷しているところ。
生蝋(きろう)と呼ばれる状態のもので、緑がかった色をしていますが、天日に干すと、自然に白く変化します。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

昔は天日に干す作業を農家の方にお願いしていましたが、高齢化や後継者不足のため難しくなり、
止むを得ず、こちらでハウスを利用して干すようになりました。
完全に漂白するのに、夏で35日くらい、冬で2ヵ月から3ヵ月かかるそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

毎朝、裏表を返さなければなりません。蝋を広げるこの道具も手作りされていました。
天日漂白した蝋を精製加工した白蝋(はくろう)は、
京都の舞妓さんの白粉下地や相撲力士の鬢付け油などにも使われます。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

機械の修理も自分たちで。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

和ろうそくの芯は糸ではなく、い草と和紙と絹で出来ているそうです。
2016年の大河ドラマ『真田丸』では、きちんと和ろうそくが使われていたと仰る荒木さん。
石油のパラフィンから作られる一般的なろうそくと違い、
和ろうそくの炎は、形がきちっと尖っていてボヤけていないので、本物かどうかは見れば分かるそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

まるで生き物のように揺らぐ和ろうそくの炎に、思わず感嘆の声が漏れます。
実際に火をつけたところを見るまで、炎がこんなにも大きく、このように揺らめくものだとは知りませんでした。
「まさに髙島野十郎の絵『蝋燭』そのものですね!」という声も。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

櫨蝋は本当に良いものだから、その魅力をぜひ知ってほしい…そんな想いが荒木さんの言葉から感じられました。
家へ帰ったら、お土産に購入した和ろうそくに火を灯し、炎の揺らめきを眺めながら、
日本酒を片手にリラックスタイムを楽しみたいなと思います。

途中、バスの車窓から櫨の並木を眺めつつ、道の駅みやまへ。
みやまの特産品を買い込んだ後は、意見交換会です。参加者の皆さんから貴重なご意見・ご感想を頂きました。
ご参加いただき、ありがとうございました!

お話を聞かせてくださった皆さん。
柳川市をご案内くださった犬塚さん。
みやま市をご案内くださった松尾さん。
その他、ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。


モニターツアー〝生業のある風景〟荒尾・長洲編 レポート

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

柳川市・みやま市・大牟田市・南関町・荒尾市・長洲町の6市町について、
「生業のある風景」という視点でご紹介する冊子を以前、制作させていただきました。

・冊子「生業のある風景。」B6判・32ページ(http://f-d.cc/blog/archives/1519

たとえ華やかな観光地や唯一無二の絶景などが無くとも、
そこには自らの生業に向き合い、喜びも哀しみも織り交ぜながら、
日々の営みをひたむきに積み重ねている人たちがいます。
そうした風景に改めて眼差しを向けた時、ありふれてみえるものの中に、
大切な何かがあるのではないかと気付かされました。

そこでモニターツアーを開催し、このまちを「生業のある風景」というテーマで実際に見て、聞き、食べ、歩いた時、
どのように感じられるのか、参加者の皆さんにご意見を伺うことに。
2016年12月9日(金)、第1回目のツアーとして熊本県の荒尾市と長洲町を訪れました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

まず最初に向かったのは、荒尾市の小岱山。この地で30年以上、ミカン畑を営んできた安永さんにお話を伺います。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

ここから季節ごとに変わる景色を見つめてきた安永さん。
早朝、山から眺めていると、気流が停滞しているところなどが分かるそうです。
地形を読み、自然の移り変わりを見極めてきた経験から紡ぎ出されるお話は、どれも興味深いものばかり。
話題はミカン作りに適した土地のことから、
住宅を構えるならばどのような場所が良いのか?といった内容にまで広がりました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

「皮の厚いミカンは“スマイルカット”にすると良いよ」と言いながら、実際に切って試食させてくださいます。
瑞々しくジューシーで、その甘さの爽やかなこと!美味しくて、ついつい手が伸びます。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

大きいミカンはあまり人気がないため、値段も安いのだとか。
「そういうミカンはね…」と、半分にカットしたミカンを豪快に絞って、
混じり気なしの100%ミカンジュースにする安永さん。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

その大胆な作り方に驚いたものの、綺麗なオレンジ色で、とっても美味しそう!
「こうやって食べ方を伝えるのも大事なこと」だと仰っていました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

さらに目を引いたのは、まるでフグの薄造りのようにスライスして美しく並べられた柿。
また、1週間でできる「たくわん」の作り方や、柚子の意外な使い方なども教えてくださいました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

色んな人と出会う中で、様々なことを教えてもらったり、学んだり、それをまた人へ伝えたり。
そういう出会いと楽しみがなければ、きつい仕事で、なかなか後継者も育たない中、
農家は続けられないよと安永さんは語ります。
そして、ここの澄んだ空気と美しい風景があるからこそ、頑張れるのだと。
これからもっと寒くなると、雲仙岳の霧氷がキラキラ輝く様子まで、肉眼で見えるのだそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

「皆さんに美味しい果物を食べてほしい」という思いで、味の向上から食べ方に至るまで、
研究と努力を惜しまない姿にとても感動しました。
まだまだお話を伺いたかったのですが、時間切れに。最後にお土産まで頂いて、次の目的地へと向かいます。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

続いて、ミカン畑から程近い場所にある、ふもと窯へ。
2003年に国の伝統的工芸品に指定された小代焼の窯元の一つです。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

立派な登り窯を前に、焚き上げ方や薪のこと、粘土のこと、小代焼の特徴など、色々なお話を伺いました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

温度計を使わず、ゼーゲルという道具を使って窯の中の温度を確認すること。
一度にどの位の薪を使い、その薪はどのように入手するのか。
初めて聞くような内容に興味津々、参加者の方からも沢山の質問が飛び出します。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

ここで実際につくられた小代焼の作品や、昔の古小代の器なども見せていただきました。
素敵な作品の数々に囲まれて「この器だったら、どんなお料理を盛りつけようかしら」と、楽しい想像も膨らみます。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

次の見学地は、九州荒尾オリーブ村。理事の上園さんが園内を案内してくださいました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

2010年に荒尾市でオリーブが栽培されるようになり、現在では約2トンの実を収穫しているのだとか。
荒尾市はトスカーナの気候風土とよく似ていて、オリーブの栽培に向いていたそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

ここにはトスカーナから持ってきたオリーブの苗木が15,000本ほども植えられています。
理想的な樹形にする方法、ゾウムシとの戦い、自家受粉しにくいので2種類以上の品種を植えないといけないこと、
実がなりはじめるのは6年目からで、しっかりと実がつくようになるには10年もかかること…等々。
上園さんのお話から、様々な苦労と工夫を重ねながら、一歩一歩、着実に前へ進んでいる様子がうかがえました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

園内にあるショップ「風の丘」で、まだ生産量も少ない、ここで作られた貴重なオリーブオイルや新漬け、
オリーブ茶などを試食させてくださいました。
今年収穫したオリーブをそのまま絞った、まさに“オリーブジュース”とも言うべき高品質なオリーブオイル。
そのフレッシュな本物の味を堪能し、お土産も購入して、オリーブ村を後にしました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

荒尾市での最後の目的地、本田観光梨園へ。こちらで昼食も頂きます。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

鴨梨(ヤーリー)という中国原産の梨の木の前で、本田さんからお話を伺いました。
この鴨梨の樹齢はなんと100年!荒尾梨の歴史が始まったのと同じ頃に植えられたものだとか。
日本梨は60年以内に枯れてしまうので、樹齢100年もの梨の樹があるのは、おそらく九州ではここだけではないかと。

荒尾ジャンボ梨(新高梨)といえば、その大きさが有名で、1つの実が2キロ近くになるものも。
しかし、それだけ立派なものを作るためには、やはり代々継承してきた技術が必要なのだと仰っていました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

冬の間は何もしていないと誤解されがちですが、12月からは剪定という作業が待っていて、
上に伸びている枝を、春までに全部切ってしまわなければなりません。
1本の木で約300もの枝があり、それを一つひとつノコで落としていくので、1日の作業で、せいぜい4〜5本。
すべてを終えるのに3ヵ月はかかります。
4月になると花粉付け。めしべに1本でも花粉がつかなかったら丸い梨はできないため、10日間で花粉を2回つけてまわり、
その花粉さえも自分たちで作っているそうです。
実がなれば袋をかけ、草を取り…と、することは山ほど。
「美味しかろうと美味しくなかろうと、どの梨にも1年という時間がかかっているのです」と本田さん。
しかも、大きな台風などが来て、せっかくの実が落ちてパーになってしまうことも…。
自然という人間がコントロールできないものを相手にする仕事の大変さをまざまざと感じました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

「寒いので、まずは温かい飲み物をどうぞ」と出してくださったのは、高級な荒尾梨100%のストレートジュース。
しかも、ホットで!温かい梨ジュースなんて初めて飲みましたが、これがすごく美味しくてビックリしました。
手作りのため30本ほどしか作れず、すぐに売り切れてしまうそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

続いて、梨・オイル・酢・塩コショウで作った特製の梨ドレッシングで頂くサラダ。
10分もすれば変色してしまうため保存がきかないドレッシングは、その場でミキサーにかけて作った出来立てのもの。
新鮮なお野菜とよく合います。
「もしも買った梨の糖度が低かったら、スライスしてサラダに入れるのも良いですよ」とのこと。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

メインは梨カレーです。
梨の果肉に果汁、ジャムも入った優しい甘さのカレーは、小学生のお子さんでもペロリと完食するのだとか。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

そして、もっとも衝撃を受けたのが、このデザート!!

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

大きな梨をくりぬいて作った器に、冷たい梨のジェラートと温かい梨の果肉。
さらにその上にバターを乗せてフタをして、しばし待つとバターがとろけて…。
お好みでシナモンをふりかけて頂くと、その美味しさと言ったらもう!
今回、特別に作ってくださったデザートで、いつでも食べられるわけではないそうです。
ごちそうさまでした!

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

ラ・フランスのような形をした鴨梨の実をお土産に頂きました。
「“長寿の梨”を食べて長生きして、最終的には荒尾に移住してきてね」という本田さんの言葉に見送られながら、
長洲町へと移動します。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

まずは金魚の館で、金魚マイスターの尾上さんから、長洲金魚について教えて頂きました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

その後は、中島養魚場へ。この道70年、91歳になる大ベテランの中島さんにお話を伺います。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

特に目を奪われたのが、ピンポンパールという金魚。ピンポン球のようにまん丸で愛くるしい姿はインパクト大です。
なかなか育てるのが難しく、こんなに大きなものは滅多に見ることができないそう。
中島さんの熟練の技によるものなのでしょう。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

うまく育てれば、金魚は30年、そして鯉は100年も生きるのだとか。
金魚を育てる上で一番注意しなければならないことは餌のやり過ぎで、
夕方から夜にかけては餌をあげてはいけないと教わりました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

ゆらゆら泳ぐ美しい金魚はいつまで見ていても飽きることがありません。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

いよいよ最後の見学地、ミニトマト農家の元村さんのところへ。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

温かいハウスの中に入ると、水玉模様のように赤色とキミドリ色のミニトマトがずらりと。
その様子が可愛らしくて、シャッターを切る音が響きます。
味見をさせて頂いたのですが、採れたて新鮮なミニトマトって、こんなに美味しいんですね!

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

農家の方から直にお話を聞くことで、今まで知らなかった農業の実情も知ることができました。
ミニトマトの品種は世界中に300種類ほどもあること。
枝のどこに付いている、どんな粒のミニトマトがより美味しいのか。
受粉させるために1匹500円もするオランダの蜂を購入していること。
ミニトマトは温度管理が難しく、最近の気象の変化に対応するのも大変なこと…。
これだけ手間ひまがかかっているのに「割れたら商品として1円のお金にもならない」という言葉に、
日頃、何気なく手にしている品物は、まさに生産者の方々の努力と苦労が結実したものなのだということを改めて実感。
当たり前に思って、つい忘れがちな感謝の念を新たにしました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

最後に金魚の館へ戻り、参加者の方々との意見交換会。貴重なご意見を頂戴しました。
今回のツアーで出会った人たちに、また会いに行きたいと口々に仰っていた皆さん。
自らの生業に誇りを持ち、仕事を通して培ってきた知恵や工夫を生き生きと語られる姿は、本当に魅力的でした。
生業のある「風景」を生み出しているのは、やっぱり「人」なんですよね。
参加者の皆さんにも楽しんでいただけたようで良かったです。ご参加いただき、ありがとうございました!

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

今回は、行く先々で猫に出会ったツアーでもありました。
オリーブ村の、とても人懐っこい看板猫のオリーブにゃん。梨園の接客担当の猫ちゃんたち。
長洲町では猫を見かけなかったなぁと思いきや、金魚の館で行われていたイベントが「招き猫inながす」とは…。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

お話を聞かせてくださった生産者の皆さん。
荒尾市でガイドを務めてくださった「荒尾のまち案内人」の馬場さん。
長洲町をご案内くださった磯野さん、福田さん。
その他、ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。


「池島レトログラフィ vol.4」ツアーレポート&フォトギャラリー

日々刻々と変わりゆく池島の姿を毎年撮っていこう。
そんな想いで訪れる池島レトログラフィ。

「アジサイが物語る人々の暮らし・炭鉱の島の“現在”を歩く」と題し、
アジサイの咲く季節に行くことにしています。
草木が生い茂る廃墟の中に、ふわっと浮かび上がるアジサイの花…。
そこに、かつて住んでいた人々の気配が感じられるからです。

池島レトログラフィ

2016年6月12日(日)。
4回目となる今年は、総勢24名で池島の「いま」に会ってきました。

今回、なんとクリエイティブツアーへのご参加が10回目となる方が2名もいらっしゃいました!
バスの中で、ささやかながら記念品の贈呈。
Eさん、Yさん、いつもありがとうございます。^^

池島レトログラフィ

梅雨らしく、そぼ降る雨にけむる池島。
雨のしずくを湛えて、しっとりと瑞々しく咲き誇るアジサイ。
建物を飲み込まんと枝葉をのばす緑も、水を得て生き生きと。
自然の濃密な生命力が、辺りに満ちみちています。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

雨降りの撮影は大変でしたが、普段であれば、なかなかカメラを持ち出そうとは思わない状況の中、
いつもとは違う1枚が撮れたのではないでしょうか。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

少しずつ施設が解体・撤去され、変わってしまった景色もあれば、昨年と同じように出迎えてくれる風景も。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

ボリュームたっぷりで、どこか懐かしい味のする、かあちゃんの店のトルコライスは安定の美味しさでした。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

そして、新しい生命との出会い。

池島レトログラフィ

池島を巡った皆さんの胸には、一体どのような想いが去来したのでしょうか。

池島レトログラフィ

参加者の皆さん、雨の中、大変お疲れ様でした。
ご参加いただき、本当にありがとうございました!
ぜひまた来年もご一緒に、池島の「いま」に会いに行きましょう。

 

ツアー行程のもっと詳しい内容については、過去のツアーレポートをご覧くださいませ。

「池島レトログラフィ vol.3」ツアーレポート

「池島レトログラフィ vol.2」ツアーレポート

 

 

池島フォトギャラリー

クリエイティブツアーに参加される方は、カメラ好きの人がとても多いです。
他の方々が、何に心を動かされ、シャッターを切っていたのか、どんな写真を撮っていたのか、
ちょっと気になりませんか?
そこで、参加者の皆さんが池島で撮られたお写真をここでお披露目してはどうかと考えました。
今回初の試みであるプチ・フォトギャラリー。
素敵なお写真を投稿していただきましたので、どうぞお楽しみください。
講師の石川博己による一言コメント付きです。^^

 

【1】M.Eさん 男性(Nikon D60 /digital)

池島レトログラフィ

『 雨 』

1年目の霧の池島、「過去と現在が入り乱れる島」と称したイメージがとても強く残っていて、
去年の綺麗に晴れた池島はなぜか余り現実味がなく、
そして今年の雨の池島はとても色鮮やかに、この3年間で最も「現在」を感じました。

〈石川コメント〉

大きな葉にころんと転がる水滴、躍動感がありますね。
「現在」の池島の生命力を感じる一枚です。

 

【2】K.Mさん 女性( /digital)

池島レトログラフィ

『 それでも猫は 』

足早に去っていく猫を見て、変わってしまったのは人間の暮らしだけなんだと改めて思いました。
植物や建物が雨で濡れていたほうが、写真に納めた時に池島の雰囲気が伝わる気がしました。
雨も良いものです。

〈石川コメント〉

人はいなくなってしまっても動物たちにとっては我関せずですね。
緑を背景に撮られた猫の構図はすばらしいですね。穏やかな気持ちになる一枚です。

 

【3】T.Mさん 男性(Rolleiflex minidigi AF5.0 /digital)

池島レトログラフィ

『 no title 』

自分はカメラらしいカメラもなかったのですが、問題なく受け入れていただき大変嬉しかったです。
なかなか始められなかったカメラへのきっかけになりそうな気がしています。

〈石川コメント〉

ちょっと怖い感じの雰囲気ですが、ここが一番印象に残ったようですね。
確かに僕も最初見た時は「うわっ」と思いました。これからもぜひ写真撮ってください!

 

【4】M.Nさん 女性(Canon EOS Kiss X4 /digital)

池島レトログラフィ

『 残しておこう 』

亡き父が炭鉱夫として働いていた池島。
いつ、どのくらいの間働いていたのかはわからないけれど、私にとっては亡き父の足跡を辿る思いでした。
沢山の人が暮らしていた証が年月と共に少しずつ無くなっていく。消えてしまう前にその証を残しておきたい。
そんな気持ちで撮りました。
雨だからこそ撮れた1枚だと思っています。

〈石川コメント〉

この道もお父さんは歩いていたんでしょうね。
水たまりに写った景色がさらに遠い過去を映しているようです。

 

【5】H.Tさん 男性( /digital)

池島レトログラフィ

『 新築 “みどりの蔦アパート” 』

今まで踏み入れたことのない地へ行けたことに誠に感謝しております。

〈石川コメント〉

初めて来た人はみなさんこの自然のすごさを目の当たりにしてびっくりします。
「すごいなぁ〜」という感動がそのまま写真になってますね。

 

【6】S.Yさん 男性(Canon EOS 650 /film)

池島レトログラフィ

『 大きな紫陽花にビックリ!! 』

始めいろいろ見ながらアパート群の真ん中に大きな紫陽花にビックリ…
うちも炭鉱のあとに咲いてる紫陽花も大きいと思ったのに遥かその上を…
人が居なくなっても咲き続ける紫陽花を見て涙が出ました!!

〈石川コメント〉

荒廃した建物は自分を引き立たせる背景だと言わんばかりに咲き誇っていますね。
下からの構図がさらに存在感を強調しています。

 

【7】M.Mさん 女性(OLYMPUS PEN E-PL6 /digital)

池島レトログラフィ

『 そんなに近づかれると… 』

今まで動物の写真を近づいて撮ろうとすると、一目散に逃げられたり
タイミングがつかめず撮れないということがありましたが、
池島の猫は人が来てもこのようにじっとしている状態が続いていたのでびっくりして撮った一枚です。
もうちょっと猫の目線で撮れたら良かったなと思いました。

〈石川コメント〉

猫に勝る被写体なし、です。

 

【8】C.KOさん 女性(Nikon D3100 /digital)

池島レトログラフィ

『 池島の今を生きる 』

炭鉱アパート内、一本入った脇道で出会った猫。
道の真ん中に座りこちらを見つめてくるこの子を追えば、大きなアジサイが咲いていました。
まるで、ここにアジサイがあるよと教えてくれているんじゃないか、
そう思ってしまうほど、池島は神秘的で不思議な雰囲気を感じさせます。
人間が作り出したものを簡単に呑み込んでいく自然の残酷さには、ただただ圧倒されるばかりでした。
開いたままの窓や乗り捨てられた車、廃墟となって15年も経つのに、
つい最近まで人がいたようなどこか生々しい感じを怖く思う反面、とても魅かれます。
力強い自然も、朽ちていく廃墟も、来年はどうなっているのか、またこの目で確かめたいと思いました。
ありがとうございました。

〈石川コメント〉

絵画のような構図ですね。これ以上ない猫らしい姿。
フレームから落ちてくるような右のあじさいと左の猫の位置関係、完璧です!

 

【9】K.Sさん 男性(Canon 60D /digital)

池島レトログラフィ

『 共存 』

当時の記憶が止まったままの場所。
そこに覆いかぶさるように伸びていく自然と時間の流れ。
別々の時間が共存するように見える場所でした。

〈石川コメント〉

あじさいに目をやるとそこには猫が。
猫が入るともう何も言うことなしです。

 

【10】A.Yさん 女性(SONY Cyber-shot DSC-RX100 /digital)

池島レトログラフィ

『 no title 』

五島からの参加で、写真のこともよく知らず、不安で一杯でしたが、
先生をはじめ、参加者の皆さんが気さくで親切で、とても楽しく過ごすことができました。
皆さんありがとうございました。

〈石川コメント〉

道がきれいに清掃されているのも池島らしさ。この一枚はなるほど!と思いました。

 

【11】S.Iさん 男性(Leica Z2X /film)

池島レトログラフィ

『 過去への扉 』

クリエイティブツアー初参加になります。
池島では過去との繋がりを表現したいと思っていましたが、
なかなか思うようにシャッターを切ることが出来ませんでした。
普段から、雨の日にわざわざ出かけて撮影をしたことがなく、どう撮っていいのか全く分からなかったからです。
戸惑いながら歩いていた時に目に留まったのが、この水たまりです。
この水たまりに踏み込んだら、かつて賑わってた頃の池島にタイムスリップ出来そうな気がしましたので、
シャッターを切りました。
写真講座、クリエイティブツアーで、テーマを決めて撮る難しさを実感しました。
また、機会がありましたら参加したいと思っています。

〈石川コメント〉

モノトーンの表現に「炭坑」感がありますね。
建物の角度とアスファルトの白い線が同じ角度で、アートのような一枚ですね。かっこいいです。

 

【12】C.KAさん 女性(Nikon FE /film)

池島レトログラフィ

『 no title 』

今年はあいにくの雨で移動も散策も大変でしたが、去年とは違った池島を見ることができて良かったです。
是非また次回も参加したいと思います!よろしくお願いします!

〈石川コメント〉

あーこの色はいいですね。好きなトーンです。
ふわっと霧のような水蒸気まで写っています。

 

【13】Y.Hさん 女性(Leica D-LUX3 /digital)

池島レトログラフィ

『 空とわだち 』

池島の郷地区を歩く。今は誰も住んでいないけれど、かつてはメインストリート。
雨粒がどんどん大きくなった。打ちつける音も大きくなった。
下向き加減で通りをすすみきったところに、ふと視界にはいったわだち。
追いかけると妙に明るい雨空が続いている。不思議な安堵感。
かつて一日の労働を終えた池島の鉱員さんたちも、空をみた時にそう感じたかもしれないと思った。

〈石川コメント〉

目に見えないものを写し取った一枚ですね。意味のある写真ですね。

 

【14】M.Yさん 女性(FUJIFILM X-T1 /digital)

池島レトログラフィ

『 no title 』

雨でしたがしっとりとしたあじさいがとてもキレイでした。

〈石川コメント〉

多重露光のような2枚の景色がひとつになった写真ですね。
彩度の低いトーンが静かで美しい印象になっています。うまいですね。

 

*お写真を投稿してくださった皆さま、本当にありがとうございました!


「椎葉村メープルツアー」ツアーレポート(2日目)

2日目の始まりは、雲海見学から。
早朝6:30。希望者のみとしておりましたが、全員揃って出発です。

椎葉村メープルツアー

観光協会と村役場の方々の運転で向かった先は、扇山(標高1,661m)の登山口の駐車場です。
登山口といっても、すでに標高は約1,300mもあります。

椎葉村メープルツアー

昨夜、星空鑑賞をしたのと同じ場所だったのですが、陽の光のもとで見てビックリ。
こんな絶景が広がっていたなんて…。
しかも、歩いて山を登ってきたわけでもなく、車で来て見られるってことにも、ちょっと驚き。

椎葉村メープルツアー

青き山々がいくつも連なり、遠くに日向椎葉湖が見えています。

椎葉村メープルツアー

キーンと冷えた空気に震えながらも、思わず見蕩れてしまうほどの美しい光景。

椎葉村メープルツアー

残念ながら気象条件等が揃わず、雲海は見られなかったのですが、
雲海が発生した時は、このような感じなんですよと写真で教えてくださいました。

椎葉村メープルツアー

ただただ素晴らしい風景に酔いしれていると、
観光協会と村役場の方々が、なにやら車からテーブルと椅子を下ろしてきて…なんと即席カフェの完成。
熱いコーヒーを振る舞ってくださいました。冷えきった体に、なんとも嬉しい心遣い。
とても贅沢な時間を堪能いたしました。

さぁ、宿に戻って朝食です。

椎葉村メープルツアー

いや~、またもご馳走がずらり!!
朝から美味しいご飯に舌鼓を打ちます。

実は昨日の真夜中、この部屋を通りがかった時、女将さん達がもう朝食の準備をされているのを見かけました。
夕食の準備に後片付け、そして朝食の用意と、とても大変だったと思います。
心尽くしのおもてなし、本当にありがとうございました。

椎葉村メープルツアー

優しい女将さんがいて、ご飯は美味しくて、暖かな薪ストーブがあって…。
森の民宿「龍神館」はとても居心地の良い、本当に素敵なお宿でした。

椎葉村メープルツアー

名残惜しいのですが、そろそろ出発です。
「花咲く季節もまた美しいのよ」と仰っていた女将さん。ぜひまた、別の季節にも訪れたいと思います。
大変お世話になりました!

椎葉村メープルツアー

ここからは、「椎葉村観光ガイド協会副会長」の高島清行さんが案内してくださいます。
まずは、上椎葉ダム(日向椎葉湖)が見渡せる高台の女神像公園へ。

椎葉村メープルツアー

美しい弧を描く上椎葉ダムは、日本で最初の100m級の大規模なアーチ式ダム。
戦後復興のため、北九州工業地帯への電力供給が急務となり、
数々の難工事の末、5年余の歳月をかけ昭和30年に完成。
その後の日本の土木技術に多大な影響を与えたダムなのだそうです。
建設のため延べ500万人もの労力を動員したといいますから、
今のこの静けさからは想像もできないような活気が山あいに満ちていたのでしょうね。
村の人口も、昭和30年代は10,000人を超えていたそうです。

椎葉村メープルツアー

ダムによってできた人工湖は、小説家・吉川英治氏によって「日向椎葉湖」と命名されました。
日向椎葉湖はダム湖百選にも選ばれ、ヤマメなどの釣りの名所でもあります。

椎葉村メープルツアー

女神像公園には、歴史的大事業であったダム建設の際に殉職された方々を弔う慰霊碑が建立されています。
3体の女神の姿はそれぞれ、仏教の慈悲・キリスト教の愛・水を司る神を表しているそうです。

椎葉村メープルツアー

上椎葉ダムのそばには椎葉中学校が見えます。
椎葉村全域を学区としている、村で唯一の中学校。
遠い地区の子どもは家から通えないため、寄宿舎が設置されていて、寮生活を送るそうです。
小学生も、この山道を何キロも歩いて通学している子もいるのだとか…。
街とは違う、山の暮らしをまた一つ知りました。

バスに乗り込み、次の目的地へと向かいます。

椎葉村メープルツアー

高島さんが車中で、椎葉の四季折々の美しい風景を写真で見せてくださいました。
一面に咲いた真っ白な蕎麦の花、ヤマシャクヤク、シャクナゲに紅葉…。いつか、実際にこの目で見てみたいです。

椎葉村メープルツアー

石段を登った先にあるのは、国の重要文化財である「那須家住宅」。
特徴は何と言っても、横に長いその形。奥行き8.64m、長さは25.09mもあります。
前面には、何人もが腰かけられる、長~い縁側。

椎葉村メープルツアー

切り立った山々に囲まれ、平地が少ない椎葉村ならではの工夫が見られます。
山の斜面で、奥行が狭い敷地に建てなければならないため、部屋を横一列に並べた、椎葉独特の形式です。
なかでも那須家住宅は規模が大きく、代表的なもの。
現在のこの建物は、築300年ともいわれています。

椎葉村メープルツアー

間取りは「こざ(仏間)」「でい(客間)」「つぼね(寝室)」「うちね(茶の間)」と4部屋が一列に並び、
さらにその隣りに「どじ」と呼ばれる土間があります。
「こざ」は神仏を祭る神聖な場所で、女性の立ち入りは禁じられていたのだそう。
「どじ(土間)」には昔ながらの大きなかまど。

椎葉村メープルツアー

各部屋は板戸で仕切られ、冠婚葬祭などの際は戸を外して広く使うこともできるのだとか。
シンプルな間取りに垣間見える、先人の知恵。

那須家住宅は、別名「鶴富屋敷」とも呼ばれています。
それはここが、源氏の武将・那須大八郎と平家方の鶴富姫との悲恋の舞台といわれているからです。

平家の落人伝説の続きを…。
那須大八郎が、椎葉の地で平家の人々と暮らすようになってからのお話。

大八郎は、平清盛の末裔である鶴富姫と出会い、2人は恋に落ちます。
源氏と平家は敵同士。
ですが、大八郎は愛する鶴富姫と生涯をともにすることを決めました。
2人が暮らした住まいが、この鶴富屋敷だといわれています。

幸せな日々は、しかし長くは続きませんでした。
ある日、大八郎に鎌倉から帰還の命が下されます。
鶴富姫は身ごもっていましたが、仇敵の姫を連れていくわけにもいきません。
「生まれてくる子が男の子なら私の故郷へ、女の子ならこの地で育てるがよい」と言い残し、
大八郎は泣く泣くこの地を後にしました。

生まれてきたのは、かわいい女の子。
鶴富姫はその子を大切に育て、のちに婿を迎え、愛する大八郎の姓「那須」を名乗らせたといいます。

伝説とはいえ、椎葉村では現在、半分以上の方の苗字が「椎葉」さんと「那須」さんなのだそう。
それを聞いてビックリしました。
同じ苗字が多いので、役場でも、下の名前で呼び合っているのだとか。

続いて、「平家さくらの森」の遊歩道を通って「椎葉民俗芸能博物館」へと向かいます。
平家さくらの森では、3種類の蛍が見られるそうです。
平家蛍・源氏蛍・姫蛍。「まさに椎葉村らしいですね」と高島さん。

椎葉村メープルツアー

博物館では、椎葉村に脈々と受け継がれてきた儀礼や慣習、民俗文化などが紹介されています。
神楽、焼畑、狩猟、様々な季節行事…。
椎葉に生きる人々が、自然と共生しながら、どのように暮らしてきたのかを知ることができます。

椎葉村メープルツアー

椎葉村メープルツアー

椎葉村メープルツアー

地上4階、地下1階の広い館内には、多種多様な民俗芸能の用具、祭礼具に民具など、興味をひかれるものがいっぱい!
さすが「民俗学発祥の地」といわれる椎葉村。
じっくりと見ていたら、ここだけでも一日が過ごせそうなほどです。

椎葉村メープルツアー

高島さんが自作の指し棒を片手に、丁寧に解説してくださいました。

とりわけ私が驚いたのは、精霊棚(しょうろうだな)。
お盆にご先祖様へお供えをするのは勿論のこと、
無縁仏のためにも、お供え物を置くための「精霊棚」を庭にしつらえるのだそうです。
よもや無縁仏にまで、おもてなしとは…。恐れ入ります。

椎葉村メープルツアー

博物館の4階から外に出ると、そこには立派な土俵が!
でも、なぜ土俵?

椎葉村で、主に教員のための私塾を開いている綾部先生という方が、
貴乃花部屋の女将である花田景子さんの、小学校時代の恩師だったそう。
その縁で、貴乃花親方の「国技である相撲文化の素晴らしさを広めるため、全国に土俵を作りたい」という想いに応え、
この土俵が誕生したのだとか。

色々なエピソードを知るたびに、
椎葉村の方々の、相手の想いをすくいとり真摯に受け止める力、深い思いやり、人と人との関わりを大事にする心、
その高いホスピタリティ精神に感銘を受けます。

椎葉村メープルツアー

土俵の脇を通り抜け、石段を登ると目に飛び込んでくる、鮮やかな朱色。
粛然とした空気をまとう、椎葉厳島神社です。

椎葉村メープルツアー

しかし、安芸の宮島に鎮座する「厳島神社」といえば、海の神様のはず。
それがどうしてこのような山の中に…。

言い伝えでは、 椎葉の地に暮らすようになった那須大八郎が
平家一門のために、平家繁栄の象徴である厳島神社を分祀し、建立したのだとか。

この日、残念ながら宮司さんにはお会いできなかったのですが、
宮司さんから皆さんに預かっていますと、全員にお守りを授けていただきました!
嗚呼、ここでもまた、おもてなしが。(感涙)

那須大八郎と鶴富姫が、敵味方を超えて結ばれた由縁から生まれたという「源平おまもり」。
赤と白の2つのお守りは、平家(赤)と源氏(白)を表しています。
良縁・夫婦円満・子宝安産・健康などの御神徳があるそうですよ。

私はこのツアーで、参加者の皆さんや椎葉村の方々との、
たくさんの素晴らしいご縁がつながりました。すでにご利益があったようです。^^

 

高島さんのガイドはここまで。
本当はもっと沢山お話を伺いたかったのですが、スケジュールの都合上、仕方ありません。
高島さん、興味深いお話の数々、どうもありがとうございました!

椎葉村メープルツアー

昼食時間まで、上椎葉地区を自由に散策しましょう。
手作り感あふれる「集落内マップ」までご用意していただき、それでは楽しく商店街巡りなど…。
と思いきや、なんだか切羽詰まった顔で、慌てて写真を撮り出した方もいらっしゃいます。
実は午後からワークショップ「視点採集」を行い、ツアー中に撮影した写真を発表していただくのですが、
1日目から、あまりにも色んなことが目白押しで、視点採集のことなどすっかり〝そっちのけ〟になっていたことを
どうやら急に思い出されたご様子。^^;

椎葉村メープルツアー

上椎葉の目抜き通り「つるとみ通り」には、初日に昼食をもてなしてくださった「よこい処しいばや」さんがあります。
ここでもまた、思わず感動するほどのおもてなしが。

椎葉村メープルツアー

こ、これは…私が行きのバスの中で「絶対に食べよう」と思っていた豆乳プリン!
なんと全員に、サービスで振る舞ってくださったのです。
これが、ものすご~く美味しくて。
豆乳プリンの中には季節のフルーツを入れるそうなのですが、今回入っていたものは…え?干し柿!?
意外だったけど、すごく合う!

おそらく、あまりの美味しさに、ふと誰かが呟いたのでしょう。
「この豆乳プリン、お土産に買いたい」と。
さすがは「おもてなしの椎葉村」の方々。聞き逃してはいませんでした。
すでに20人が食べ尽くしてしまったのに、帰る時間までに準備してくださるとのこと。
結局25個、お持ち帰り用を新たに作ってもらったのでした。

椎葉村メープルツアー

豆乳プリンだけでも感激だったのに、さらに!
昨日、皆で煮詰めたメープルシロップまで。
体験の時は完成したものを味わってもらうことができなかったからと、
わざわざホットケーキを焼いて一緒に出してくださったのです。
引きも切らず続くおもてなしに、感謝することしきり…。本当にありがとうございました!

椎葉村メープルツアー

なんだか食べてばかりのようですが、鶴富屋敷に戻って昼食を頂きます。

椎葉村メープルツアー

竹のお盆に盛られた鶴富郷膳。
この旅で、すっかりおなじみとなった菜豆腐に、お煮しめ、天ぷら…。
旬の山菜など、お野菜を中心としたヘルシーなお料理が並びます。

椎葉村メープルツアー

椎葉の美味しいお蕎麦も、これで食べ納め。

椎葉村メープルツアー

女将の那須弘子さんが一つひとつお料理の説明をしてくださいました。
綺麗な赤紫色に染まったお豆腐は、保存のために梅酢に漬けたものだとか。
郷土料理にも、先人の知恵が詰まっていますね。
とても美味しかったです。ご馳走様でした!

椎葉村メープルツアー

昼食の後は、ワークショップ「視点採集」のお時間です。

「視点採集」とは、ひとつの視点を決めて撮影をすることで、
今まで気付かなかった見方や新しい視点を蒐集しようというワークショップ。
同じ時間に同じ場所を歩いていても、それぞれの視点が異なることで、違ったストーリーが生まれます。
一緒に巡った人達が撮った写真を見、発表を聞くなかで、
自分にはなかった新しい視点が発見できるのも、このワークショップの魅力です。

①視点をもって写真を撮る・・・
「どういう視点で撮るか」を決めて撮影します。
何気なくシャッターを切るのではなく、1枚1枚を大事に、意識しながら考えて撮ることで、
写真に「自分らしさ」が表れてきます。
改めて「自分はこういう情景・光・色・形状が好きなんだ」と気付いたり。

②写真をセレクト・・・
撮った写真の中から、自分の視点・テーマに沿った10枚をセレクトします。
ひとつの視点で撮られた写真をまとめて見せることで、テーマがより強く伝わります。

③発表・・・
写真をプロジェクターで投影しながら、どういう視点で撮ったのかを発表します。
他の人が撮った写真を見ることで「こんな切り取り方があったのか!」という新たな発見や、様々な刺激も。

椎葉村メープルツアー

では早速、写真をセレクトしましょう。
厳選して撮っていないと、10枚を選ぶ時になかなか苦労するのです。
今回は撮影時間が1泊2日と長く、いつもより更に大変だったと思います。

場所は「椎葉民俗芸能博物館」4階の多目的ホールをお借りしました。
椎葉の民家が再現され、神楽の舞所となる「御神屋(みこうや)」のしつらえがしてあります。
正面には神霊を迎える祭壇「高天原(たかまがはら)」が立てられ、周囲には注連などの飾り付け。

椎葉神楽は、村の人にとって一年を締めくくるお祭りです。
村内の26地区で保存伝承されていて、舞いも衣装も太鼓のリズムも多種多様。
昔のままの態様を残す神楽は貴重なもので、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。

いかにも椎葉村らしい舞台での発表となりました。

椎葉村メープルツアー

写真を1枚1枚プロジェクターで投影しながら、
どんな視点で撮り、どのような意図を込めたのかが語られていきます。

椎葉村メープルツアー

驚いたり、感心したり、つい吹き出したり。
同じ視点など一つもなく、心から感嘆してしまうようなテーマや、自分では絶対に思いつかないような切り口、
そして、爆笑の渦に巻き込む発表など…。
とても充実した時間となりました。

椎葉村メープルツアー

視点採集で撮られた写真には、いわゆる「観光名所」のようなものはほとんどありません。
しかし、それでも一貫したテーマのもとに撮られた写真には、その場所らしさが写し込まれています。
意識して撮らなければ、視線を向けることさえなかったかもしれない景色。
それは、椎葉に住んでいる方の目にも、新鮮なものに映ったのではないでしょうか。

椎葉村メープルツアー

最後に、参加者の皆さんや観光協会の方から感想を頂いて、締めくくりました。
観光協会の方も、椎葉を訪れた人の生の声を直接聞く機会など、なかなか普段は無いとのことで、
喜んでいただけたようで良かったです。

椎葉村メープルツアー

皆さんの採集されたコレクション(写真と視点)は、別の記事でご紹介いたしますね。

視点採集「椎葉村メープルツアー」編・その1
視点採集「椎葉村メープルツアー」編・その2
視点採集「椎葉村メープルツアー」編・その3


椎葉村メープルツアー

ついに椎葉村を離れる時がやってきてしまいました…。
観光協会の方々、そして「よこい処しいばや」の皆さんもお見送りに来てくださいました。

椎葉村メープルツアー

小雨の降るなか、いつまでも手を振る皆さんの姿が段々と小さくなっていきます。
楽しい2日間を、本当にありがとうございましたー!

椎葉村メープルツアー

途中、椎葉村物産センター「平家本陣」に立ち寄って、椎葉村のお土産を手にし、
ホクホクの笑顔で、たくさんの思い出と一緒に福岡へと戻りました。

椎葉村メープルツアー

何やら〝グルメツアー〟の様相を呈した今回のツアー。
胃袋が一つでは足りないくらい、美味しいものをたらふく頂きました。
多大なおもてなしに、参加された方の口から「おもてなしが過ぎる村」という名言も飛び出すほど。

平家の落人たちを受け入れ、無縁仏までもてなし、土俵を作りたいという声を実現し…。
椎葉村の方々の「おもてなしの精神」は、もはやDNAレベルで刻み込まれてきたものではないかと思うくらい、
本当に至れり尽くせりの旅でした。
このホスピタリティ精神、ぜひとも見習わねばと思います。

「のさらん福は願い申さん。」
村で、昔から言い習わしてきた言葉だそうです。
これは「授からない福は望みません」という意味。
必要以上のものを欲することなく、山の神様から授かった分だけを感謝して受け取るということ。

自然に対する、謙虚な姿勢。
それは命への敬意であり、人を敬う気持ちにも繋がると思います。
そうした土壌だからこそ、椎葉の「おもてなしの精神」も育まれてきたのかもしれません。

人と人とのふれあいが希薄な現代の社会において、
忘れられつつある大切なものが、椎葉村には残っているような気がしました。
たくさんの気づきと学びを得た2日間でした。

椎葉村メープルツアー

椎葉村メープルツアー

ご参加いただきました皆さん、本当にありがとうございました!
1泊2日の盛り沢山の行程、大変お疲れ様でした。
皆さんのおかげで、とても素敵なツアーとなりました。

そして、このツアーをエフ・ディで開催するきっかけと、様々なご協力をいただいた
NPO法人九州地域交流推進協議会の内田雅行さん。
1日目の夕食の際に、皆さんにビールまでご馳走してくださり、ありがとうございました。

また、椎葉村役場の皆さん、関わってくださった椎葉村の皆さん、
安全運転で私たちを運んでくださった第一観光バスの石井さん、
本当にありがとうございました。

最後になりましたが、椎葉記史さんをはじめとする椎葉村観光協会の皆さん、
開催の準備から、ツアー中のアテンドに至るまで、大変お世話になりました。
初めての宿泊ツアーでしたが、おかげさまで成功裏に終えることができました。
心より感謝申し上げます。まことにありがとうございました。

椎葉村メープルツアー

*レポートに使用している写真はエフ・ディ石川博己が撮影したものですが、
所々にスタッフ林が撮った、ピンぼけの下手な写真も混ざっております。申し訳ございません。TT
なるべくツアーの様子をお届けしたいという一心からですので、お見苦しい点は何卒ご容赦いただければ幸いです。


「椎葉村メープルツアー」ツアーレポート(1日目)

クリエイティブツアー初となる、1泊2日の旅。
目的地は、宮崎県の北西部に位置する「椎葉村」です。
日本三大秘境の一つにも数えられる、深き山々に囲まれた郷へ。
2016年3月12日(土)〜13日(日)、
少しずつ寒さも緩み、春の足音が聞こえはじめる季節に行ってまいりました。

古来より受け継がれてきた焼畑農法や狩猟文化。
言葉を失うほどの圧倒的な存在感を放つ巨樹。
平家の落人伝説に椎葉神楽…。

豊かな自然と独自の民俗文化が残る地に
自分の足で立ち、五感を通して相対した時、私たちは何を思うのでしょうか。

濃密な2日間のツアー(と長い長いレポート)の始まりです。

椎葉村メープルツアー

集合時間は早朝7:45。
ひんやりとした空気のなか、はじめての宿泊付きツアーに向けてワクワクと気持ちが高まります。

椎葉村メープルツアー

なんと遠くは東京から(!)、参加者の皆さまが続々と集合場所へ。
職業も年齢も様々な総勢20名を乗せ、バスは宮崎に向けて出発しました。

椎葉村メープルツアー

車内ではスケジュールのご説明や自己紹介などを行いつつ、和やかに時が流れていきます。
参加者の募集を開始してから、たった一日で定員に達した今回のツアー。
皆さんの決断力の高さには驚くばかりです。
半数以上がクリエイティブツアーに初参加の方、そして、お一人で参加される方がほとんど。
また、カメラ好きの方が多いのが、クリエイティブツアーの特徴の一つでもあります。
1泊2日という長い時間を共に過ごすことで、きっと親しくなれることでしょう。^^

椎葉村メープルツアー

途中、熊本県の南阿蘇村にある道の駅「あそ望の郷くぎの」へと立ち寄り、
阿蘇の雄大な景色を堪能しながら、しばしの休憩。

再び車上の人となり、いよいよ椎葉村を目指します。
DVDを見ながら椎葉村の予習をしつつ、
(個人的には、DVDの中で紹介されていた豆乳プリンは絶対に食べに行こうと固く心に決めつつ)
談笑する声と寝息とをBGMに、バスは順調に走り、山また山の、その奥へ…。

椎葉村メープルツアー

福岡を出発してから約4時間、ようやく椎葉村に到着です!
椎葉村観光協会の椎葉記史さん、東野舞湖さんが出迎えてくださいました。
2日間、お世話になります!!

椎葉村メープルツアー

目の前に広がるのは、十根川重要伝統的建造物群保存地区。
「椎葉型」と呼ばれる独特な建築様式をもつ民家、馬屋や倉、連なる石垣、そして山々の深き緑とが織り成す美しい風景。
日本中で伝統的な建物が急速に姿を消しているなか、ここは文化財として価値が高いと国も認めた景観が保たれています。

椎葉村メープルツアー

時刻はもうお昼。
石段を登り詰めた先の古民家で、お昼ご飯を頂きましょう。

椎葉村メープルツアー

昼食を準備してくださったのは、手打ち蕎麦のお店「よこい処しいばや」の方々。
店主の椎葉昌史さんをはじめ、皆さん、温かい笑顔で迎えてくださいました。

椎葉村メープルツアー

ぽかぽか陽気のなかで頂くのは、椎葉村の恵みがいっぱい詰まったお弁当!
どれから食べようかと目移りするほどの品数です。
村の名産品である肉厚の椎茸に、コンニャクかと思いきや蕎麦粉を寒天で固めた珍しいものなど…。

椎葉村メープルツアー

お弁当だけでもボリュームたっぷりなのに、さらに!
囲炉裏で香ばしく焼いた「菜豆腐」を使った田楽まで。
椎葉村の郷土料理の一つである「菜豆腐」は、お豆腐のなかに季節の野菜が入っていて、彩りも鮮やかです。

椎葉村メープルツアー

さらにさらに!!
今朝、手打ちしたばかりだというお蕎麦まで…!これがまた絶品。
わざわざ上椎葉地区のお店から、こちらまで出向いて、その場で湯がいて振る舞ってくださったのです。
このおもてなしに胸はいっぱい、そしてお腹もいっぱいになりました。

椎葉村メープルツアー

蕎麦も、椎葉村の特産品の一つ。
四方を山に囲まれた椎葉村では、昔は狩猟をし、蕎麦やヒエを主食としていたそうです。
標高が高い山地で日照時間も短く、お米が採れにくかったため、焼畑を行って蕎麦などを栽培していました。

椎葉村の蕎麦は、品種改良などを行っていない、日本古来の在来種で大変貴重なもの。
収穫量が多くないため、村外に出回ることもあまり無いのだとか。
小粒な実は香り高くて風味が良く、粘りも強いのが特徴です。

蕎麦つゆは、椎茸から取った出汁で。
一般的には鰹出汁が使われますが、椎葉村では山のものから作られていました。

そして、揚げ・椎茸・ネギと一緒に添えられた、オレンジ色のもの。
何だろうと思ったら、自家製の柚子胡椒ですって!
私が知っている柚子胡椒といえば、ペースト状になったものがほとんど。
このように細切りにした柚子の皮の形をそのまま残した柚子胡椒なんて、初めてです。
噛むと口中に広がる、フレッシュで爽やかな柚子の香りが、滋味深いお蕎麦にピッタリ。
すでに満腹にも関わらず、お蕎麦をおかわりする人が続出しました。

本当にすべて美味しく、最後に頂いた蕎麦湯まで美味でした。
ごちそうさまでした!

椎葉村メープルツアー

はち切れんばかりのお腹をさすりつつ、十根川地区の集落を散策します。

椎葉村メープルツアー

険しい山の斜面を切り開き、石垣を築いて平地をつくり、工夫を凝らして住居を構え、畑を耕し…。
きっと平地に暮らす人間には想像もつかないような、大変な労力を要したことでしょう。
見事に積み上げられた立派な石垣にも、先人の苦労が偲ばれます。

椎葉村メープルツアー

ここ十根川地区は、「椎葉」という地名の由来とも深い関わりがあります。

椎葉村に語り継がれる、平家の落人伝説。
今から800年以上も昔のこと。
壇ノ浦の合戦で源氏に敗れた平家一門は、山深い椎葉の地へと落ち延び、
村人たちに助けられながら、この地にひっそりと隠れ住むようになりました。
しかし、そのことを知った源頼朝は、弓の名手で知られる那須与一の弟、
那須大八郎に討伐の命を下します。

平家残党を討ち滅ぼさんとやってきた大八郎が、椎葉の地で目にしたもの。
それは、もはや叛意など無く、畑を耕しながら、つましく生きる平家の人々でした。
かつては栄華を極め、都で雅びな暮らしを送っていた彼らの、見る影もない姿…。
哀れに思った大八郎は追討を断念し、
鎌倉の頼朝には「平家の残党を討ち果たした」と嘘の報告をして、この地に留まります。
そして仇敵であった平家の人々と共に暮らし、農耕を教え、彼らの生活を支えていったということです。

そんな大八郎が最初に陣を構えた場所が、この十根川地区だといわれており、
「椎の葉(しいのは)」で陣屋を設けたことから「椎葉」の名がついたのだとか。

大八郎が討伐を止めただけでなく、すぐに鎌倉へと戻らず、椎葉に残ることにしたのも、むべなるかな。
きっと、椎葉の土地柄や人々に強く惹かれてしまったに違いありません。
私たちも、たった2日間のツアーで、すっかり椎葉村に魅了されてしまうことになるのですから…。

椎葉村メープルツアー

続いて、杜の中に鎮座する十根川神社へと向かいます。
お目当ては、境内にある「八村杉(やむらすぎ)」。
日本で2番目の高さを誇る、樹高54.4メートルの巨大な杉の木で、国の天然記念物です。
言い伝えでは、那須大八郎が手植えしたものだそう。
天を衝くように真っすぐに伸びる姿は大迫力!

椎葉村メープルツアー

…と言っても、あまりの高さに、写真に収まりきれていませんが。^^;
横に写っている朱塗りの社殿が小さいのではなく、杉の幹周りが19メートルもあるのです。
実際に自分の目で見てみると、そのスケールに圧倒されます。

椎葉村メープルツアー

この森には他にも、イチイガシやトチノキなど、多くの巨樹がそびえ立っていました。
皆さんは、それらの姿をどのように切り取っていたのでしょうか。

椎葉村メープルツアー

中にはフィルムカメラとデジタルカメラ、2台持ちで撮影されていた方も…。

それではバスへと戻り、椎葉村にある、もう一つの国指定天然記念物の大樹を見に行きましょう。

椎葉村メープルツアー

十根川集落から案内してくださっている、尾前一日出(おまえ・かずひで)さん。
「椎葉村観光ガイド協会会長」「椎葉村ツーリズムネットワーク(体験型観光指導者組織)会長」…等々、
たくさんの肩書きをお持ちの方で、豊富な知識で楽しいガイドを務めてくださいました。
椎葉村出身の尾前さんは、一度は村を出て働いていたものの、素晴らしい自然が残る故郷へと戻ってきたのだそう。
外から見たからこそ気付ける、郷里の良さもご存知なのだろうと思います。

椎葉村メープルツアー

この巨大さ、伝わるでしょうか。
標高約700メートルの山腹で、周囲を圧するような偉容を見せる「大久保のヒノキ」です。
推定樹齢は、八村杉と同じ800年。
高さ32メートル、枝の広がりは東西32メートル・南北30メートルにも及びます。

椎葉村メープルツアー

無数の枝が複雑に絡み合いながら四方へと伸びる様は、まるで千手観音のよう。
神々しさと同時に、畏敬の念すら感じさせます。

椎葉村メープルツアー

時折、吹き抜ける風に乗って、清涼感あふれるヒノキの香りが鼻をくすぐります。
澄んだ空気のなか、森林浴の癒し効果で心身ともにリフレッシュ。細胞の一つひとつが喜ぶような心地良さです。
やっぱり自然は良いなぁと、しみじみ思いました。

椎葉村メープルツアー

はるか眼下の谷間に小さく見えるのは、先程までいた十根川集落。
山々にすっぽりと囲まれている様子が、よく分かります。
普段、私が暮らしている場所とは、あまりにも異なる風景。

なんと椎葉村は、その96%が山林によって占められているそうです。
村自体はとても広いのですが、人が住める場所はごく僅か。
面積537.29 km²に対し、住民は3,000人弱です。
ちなみに福岡市は、椎葉村よりも狭く面積343.39km²、人口は150万人を超えます。

椎葉村メープルツアー

いよいよお次は、楽しみにしていたメープルシロップ作り体験です。

メープルシロップとは、カエデの木の樹液を煮詰めてつくられる天然の甘味料。
優しい甘さで、ビタミンやミネラル、ポリフェノールなどの栄養素もタップリです。
「メープルシロップといえばカナダ」という発想しかなかったので、九州でも採れると知り驚きました。

まずは樹液の採取を体験するため、イタヤカエデが自生している「メープルの森」へ。

椎葉村メープルツアー

森へ入る前に、尾前さんが御神酒を捧げます。
山で何か作業をする時は、必ず山の神様に御神酒を捧げるそうです。
ビックリしたのが、そのお酒。
御神酒といえば、日本酒だとばかり思い込んでいたのですが、
椎葉村では、御神酒といえば焼酎なのだとか。

椎葉村メープルツアー

枯れ葉をサクサクと踏み締めながら、イタヤカエデを目指して森の中を登っていきます。
木の枝にまだ葉が茂っている時期ならまだしも、
落葉した裸の木を見ても、素人目にはどの木がメープルの木なのか、さっぱり分かりません。^^;

椎葉村メープルツアー

樹液が採取できるのは、1月半ばから3月初めまでのごく短い期間。
月の満ち欠けや、わずかな寒暖も採取量に深く影響し、木によっては全く採れないものもあるとか。
自然が相手だからこその難しさ。そこは人間の力ではどうしようもできません。
すでに3月半ばのため、もしかしたら、もう樹液は出ないかも…とのこと。

椎葉村メープルツアー

どのように樹液を採取するのかを教えて頂き、さっそく挑戦。
「ギムネ」という手動の木工用ドリルを使って、木の幹に穴をあけると…。

椎葉村メープルツアー

じわ〜っと樹液がしみ出てきました!
御神酒のご利益でしょうか。きっと、皆さんの日頃の行いが良いからでしょうね。^^

椎葉村メープルツアー

樹液は水のようにサラリとしていて無色透明。
ぺろりと舐めてみても、味はしませんでした。
おちょこ一杯ほど飲ませていただいて、やっと甘味をほんのり感じる程度。
これがあの、琥珀色の甘〜いメープルシロップになるなんて…。

ぽたり、ぽたりと落ちる樹液を集めるには、かなりの時間を必要とします。
さらに、採取された樹液をメープルシロップにするには、
なんと50分の1ほどになるまで、何日もかけて煮詰めないといけないそうです。
50リットルの樹液から、たった1リットルしか出来ない天然のメープルシロップ。何という貴重さでしょうか。

椎葉村メープルツアー

イタヤカエデの葉。
やっぱりカナダの国旗のマークと一緒の形ですね!

尾前さんは案内の道すがら、樹木の名前を教えてくださったり、椿の花の蜜を吸わせてくれたり、
クロモジの木を見つけて、ひょいひょいっと楊枝を作って皆にプレゼントしてくれたり…。
(黒文字といえば、茶道で和菓子をいただく時などに使う、あの高級楊枝です!)
削ったばかりのクロモジの木は、爽やかな良い香りがしました。
なんでも、クロモジの木は判別が難しく、見分けるには熟達した目利きが必要なのだとか。

どなたかが、尾前さんのことを「トム・ソーヤーがそのまま大人になったみたい」と評していましたが、
まさにその通りだなぁと思いました。
山の生活がしっくり馴染んでいて、自然のなかを自在に振る舞っている感じがして、なんだかとても羨ましかったです。

椎葉村メープルツアー

場所を本日のお宿、森の民宿「龍神館」へと移し、今度は樹液をシロップにしていく工程を体験します。
龍神館の女将の椎葉喜久子さん、お世話になります!

椎葉村メープルツアー

観光協会の椎葉奈木沙さんが、事前にある程度まで、樹液を煮詰めてくださっていました。
(目を離さず、何時間も煮詰めないといけないため、ここまでの状態にするのがとっても大変なんです!)
琥珀色になった樹液を火にかけ、アクをすくいながら、さらにコトコトと煮詰めていきます。
辺りにふわ〜っと漂う甘い香りに包まれて、幸せ気分。

椎葉村メープルツアー

糖度が20%ほどに煮詰まったあたりで、皆でお味見。
椎葉産100%天然の手作りメープルシロップのお味は…。
おお!とっても美味しい!
今までに食べたものとはまた違う、黒蜜に近いくらいのコクがあります。

メープルシロップは琥珀色が薄いものほど、グレードが高いのだと教わりました。
早い時期に採った樹液の方が、透明度が高くて雑味のない、ランクが上のものになるのだそうです。
今回作ったメープルシロップは採った時期も遅く、等級でいえば決して高くはないのですが、
私はこの濃厚な味のメープルシロップも大好きでした。

椎葉村メープルツアー

最終的に、糖度が60%以上になるまで煮詰めれば完成です。

イタヤカエデを残すように森の手入れをし続け、
必ず得られるという保証もない樹液を、採取方法など試行錯誤しながら、たった2ヵ月弱の間で少しずつ集め、
何日も時間を費やして煮詰めて…。
ようやくできるのは、ほんのわずかな量のメープルシロップ。
それは、自然の恵みと膨大な時間、そして手間ひまとが凝縮されたものでした。
実際に体験してみて、その本当の価値が分かったような気がします。

そんな貴重なメープルシロップを、参加者全員にお土産として頂きました。
今回の体験で作ったものよりも、さらにグレードの高いもの。
数週間前からコツコツと樹液を集め、椎葉奈木沙さんが煮詰めて準備してくださったそうです。
もう、感謝しかありません!

椎葉村メープルツアー

ふんだんに木材が使われた森の民宿「龍神館」は、囲炉裏や薪ストーブが赤々と燃えている、ぬくもりのあるお宿。
そして、女将の椎葉喜久子さんは、とてもお料理上手で「農林漁家民宿おかあさん100選」にも認定された方。
娘さんと2人で、私たち20名をもてなしてくださいました。

椎葉村メープルツアー

椎葉村メープルツアー

夕食のメニューはこちら。

・三種盛り(ワカサギ/大学芋/栗の渋皮煮)
・筍のきんぴら
・春菊のおひたし
・しいたけ南蛮
・茄子のバジル酢和え
・岩茸と千切り大根の酢の物
・煮しめ(豆腐/大根/筍/こんにゃく/しいたけ/人参/えんどう)
・こんにゃく刺身(梅酢味噌)/トマト・ブロッコリー
・イワナ刺身
・山芋の茶わん蒸し
・しいたけのバター焼き
・鹿肉の香草炒め
・手打ちそば(猪出汁)
・ヤマメ塩焼き
・黒米ごはん
・漬物(葉わさび)
・ヨーグルトババロア

…とまぁ、出てくる出てくる、ご馳走の数々!
椎葉村の郷土料理がずら〜り。

椎葉村メープルツアー

なかでも一番珍しいものは、岩茸でしょう。
幻の食材といわれています。
ぱっと見はキクラゲのようなのですが、キクラゲはキノコ(菌類)。
岩茸は、その名に「茸」と付いていますがキノコではなく、地衣類。菌類と藻類の共生体だそうです。
なぜ幻かというと、成長が大変遅くて1年に1mmくらいしか成長しない上に、
標高800メートル以上の高山の断崖絶壁に張り付くように生えていて、
採るのが命がけで非常に危険なため、入手困難だからです。
大変貴重なものを頂きました。

その他、囲炉裏の炭火でふっくらと焼かれたヤマメも、イワナの刺身も、日頃はなかなか食べられません。
川魚なのにクセもなく、とても美味しい!
ちなみに椎葉ではヤマメのことを「エノハ」と言うそう。

そして、やはり美味しいお蕎麦!
お昼に頂いた「よこい処しいばや」さんのお蕎麦とは、また違う味付け。
なんと猪から取った出汁とは!
さらには鹿肉まで…。
これまた、普段は滅多にお目にかかれないものです。

山芋の茶わん蒸しは美味しいだけでなく食感も面白くて、
色んなお料理にアレンジされた椎茸はプリプリ。

お昼のお弁当にも入っていたのですが、栗の渋皮煮がまた、すごく美味しかった!
できることなら、大量にお持ち帰りしたいくらいでした。

これだけのお料理を準備するのに、一体どれほどの時間と手間がかかったのでしょうか…。
心のこもった手厚いおもてなしに感動いたしました。
本当にありがとうございました。

椎葉村メープルツアー

お腹いっぱい!ごちそうさまでした!!

それでは本日最後の締めくくり、星空鑑賞へと行きましょう。
観光協会と椎葉村役場の方々が、数台の車で山道を運転し、連れていってくださいました。
真っ暗で、周りの状況は全く分からないのですが、頭上を見ると…。
そこには満天のきらめく星!!
「こんなにすごい星空、初めて見た!」という感動の声もどこからか聞こえてきます。
暗闇のなか、三脚を持参し、星空撮影に挑む方々の気配も。

心が洗われるような美しい夜空を見て、きっと良い夢が見られることでしょう。
宿に戻ったあと、皆さん早々に就寝されたようですね。
1日目から盛り沢山の行程、お疲れ様でした。
明日も朝早くからスタートしますよ。
それでは、おやすみなさい。

*2日目へと続く


初、椎葉村。

今日は3月に行うクリエイティブツアーの打ち合わせで宮崎県椎葉村へ行ってきました。
もう間もなく公開しますが、今回は初の1泊2日のツアーになります。
椎葉村は宮崎県内陸部に位置する、福岡からはかなり時間の要する場所です。
今日も朝8時に福岡を出て、途中昼食をとりましたが着いたのは12時を過ぎていました。
これだけの移動時間だとさすがに日帰りは無理なので、1泊2日になります。

今回のツアーはNPO法人九州地域交流推進協議会さまと椎葉村観光協会さまの多大なるご協力のもと、
今までと同じくらいの料金で開催できることになりそうで、
これはもう本当にびっくりするようなご協力をいただきました。
それもこれも、椎葉村の魅力をもっと知ってほしいという想いから。
僕も今日はじめてこうして打ち合わせに椎葉村へ来たわけですが、ここはいいです!
とくに写真を撮る人なら、フォトジェニックな場所がたくさんで楽しんでもらえると思います。

椎葉村は2015年に「高千穂郷・椎葉山地域の山間地農林業複合システム」として世界農業遺産に認定されました。
ひとくちに「土地の環境を生かした伝統的な農業・農法、生物多様性が守られた土地利用」をしている地域ということで
険しい山間部でひっそりと営まれている農村の風景は、大事にしたい日本の原風景そのものです。
明日は雪が降るとの予報で、五ヶ瀬峠が凍ったら帰れなくなるため今日は日帰り。
残念ながら天気も悪く、重い感じの写真になってしまいましたが、それはそれでいい感じ。
僕はスカっと晴れた空よりも、こんな天気の日の写真の方が好きです。

まもなくツアーも告知いたしますので、ぜひ、ご参加いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します。

エフ・ディクリエイティブツアー「椎葉村メープルツアー」

エフ・ディクリエイティブツアー「椎葉村メープルツアー」

写真は推定樹齢800年の大久保のヒノキ。近くで見ると、なんだこれ!というような圧巻の佇まいです。

・NPO法人九州地域交流推進協議会 https://www.facebook.com/kyushuburabura
・椎葉村観光協会 http://www.shiibakanko.jp


「肥薩レトログラフィ vol.2」ツアーレポート

夏の終わりに、ノスタルジックな鉄路「肥薩線」を巡る旅へと行ってまいりました。

肥薩線とは、熊本・宮崎・鹿児島の南九州3県を縦貫する唯一の鉄道。
沿線には豊かな自然と、近代化の過程で日本が失ってきた様々なものが残る、魅力的な鉄路です。

球磨川の清流に沿って走る八代駅~人吉駅間は「川線」と呼ばれています。
本ツアーでは川線の鉄道遺産や沿線遺産などを見学します。

肥薩レトログラフィは2回目となりますが、前回よりも見学ポイントを絞り込み、
一つひとつをよりじっくりと見学できるように行程を見直しました。
(それでも盛り沢山なのですが…^^;)

肥薩レトログラフィvol.2

このクリエイティブツアーはデザイン塾の校外セミナーとして行っており、
参加者には教材として冊子を配付しています。
ツアーで巡る場所について、歴史などの説明文と豊富な写真でご紹介するこの冊子。
1ページ1ページ丁寧に折って重ね、手製本で作っているんですよ。(冊子制作についてはコチラをご覧ください。)

それではツアーの模様をレポートいたしましょう。
今回のツアーレポートの写真は、三笠秀行さんに撮影をお願いしました。

肥薩レトログラフィvol.2

2015年8月30日(日)。早朝7:30に出発です。
毎度おなじみ、伊都バスさんにお世話になります。
バスに乗り込み、熊本へと出発ー!

肥薩レトログラフィvol.2

車内では、エフ・ディ代表の石川のご挨拶に始まり、スケジュールのご説明、参加者の皆さまの自己紹介など…。
今回はクリエイティブツアー初参加の方がほとんど。
なんと、大分から前乗りでご参加の方もいらっしゃいました。
福岡県立美術館で開催したクリエイティブツアー写真展を見て興味を持ってくださったのが
ご参加のきっかけとのこと。
嬉しい限りです。^^

肥薩レトログラフィvol.2

さぁ、一つ目の見学ポイント、深水発電所が見えてきました。
しっとりと水分を含んだ空気のなか、濃い緑のグラデーションを背景に佇む赤煉瓦の建物は
絵画のように美しいです。

肥薩レトログラフィvol.2

皆さん、思い思いの場所にカメラを向けて切り取っています。

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

クリエイティブツアーにご参加くださる方はカメラ好きの方がとても多いのですが、
もちろん、写真を撮らない方のご参加も大歓迎ですよ。

肥薩レトログラフィvol.2

続いては、樹々の深い緑とのコントラストが美しい、あの赤い橋を歩いて渡ります。

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩線では、木造の駅舎や線路、橋梁、そしてトンネルなどの沿線施設が、
明治の開業以来の姿を留め、1世紀の長きにわたり現役で利用されています。

肥薩レトログラフィvol.2

今を遡ること100年以上前の1909(明治42)年、肥薩線は全線開通しました。
険しい山岳ルートのため、歴史に残る難工事だったといいます。
道なき山に作業用の道路を開き、人馬の力で資材を運搬したそうです。

また肥薩線は、崖崩れや大水害による駅舎の流失など、自然災害によく悩まされた線だったとか。

実際にツアーの数日前、大型の台風15号が九州に上陸し、
その影響で倒木や崖崩れが起こり、列車はツアー当日も不通のままとなっていました。
現在のような大型の機器なども無かった時代の苦労が忍ばれます。

この鉄路が1世紀を経た今もなお現役で活躍できているのは、
保守点検や修繕など、こまめに手入れをされてきたからこそでしょう。
その開通から現在に至るまで、人々の苦難と努力の物語が数多く刻み込まれています。

肥薩レトログラフィvol.2

お昼ご飯は、道の駅さかもと館でお弁当を準備していただき、皆さんで一緒に頂きました。

肥薩レトログラフィvol.2

日本国内で初となる、本格的なダムの撤去工事が行われている荒瀬ダムを見学。

肥薩レトログラフィvol.2

続いては、球磨川第一橋梁へ。
ここで、人吉鉄道観光案内人会の立山勝徳会長と合流しました。

肥薩レトログラフィvol.2

立山会長と、会の中では青年部の若手という“幸ちゃん”こと平川幸一さん。

肥薩レトログラフィvol.2

立山会長は、国鉄のOBで、SLの機関士をされていた方。
前回のvol.1の時にも人吉機関区車庫を案内していただいたのですが、
今回はこの球磨川第一橋梁から一日案内してくださることに。
人吉市の方が掛け合ってくださり、急遽ツアー前日に決まったのです。

その豊富な知識と経験から紡ぎ出される言葉の数々は、本当に興味深いものでした。

肥薩レトログラフィvol.2

台風の影響で列車が不通となって、たった数日でこんなにも草が生えてしまうのだとか。
植物の生命力にも驚かされます。
通常とは違う風景を見られたことは幸運でした。

肥薩レトログラフィvol.2

レトロな雰囲気の木造駅舎、白石駅へ。

肥薩レトログラフィvol.2

とても静かな場所ですが、かつては駅前に旅館なども建っており、とても賑わっていたんだとか。
「昔は構内のこの辺に売店があったんだよ」等々、往時の話を立山会長から伺います。

肥薩レトログラフィvol.2

古い映画の中に入り込んだような、ノスタルジックな気分に。

肥薩レトログラフィvol.2

お次ぎは球泉洞へ。
ドームが連なる不思議な建物・森林館を球磨川の対岸から見る予定だったのですが…。

肥薩レトログラフィvol.2

台風の影響で、川を渡るコウモリ橋のロープが切れてしまったため立入禁止に。
車で回れば行けるけれども、道が細いのでバスでは無理とのこと。
ショック…!
気を取り直し、球泉洞の鍾乳洞に行くことにしました。

肥薩レトログラフィvol.2

あまりの涼しさにビックリ。よかトピアの南極館を思い出しました…。

肥薩レトログラフィvol.2

前日の集中豪雨の影響で地下を流れる川の水量も増して、勢い良く水しぶきを上げており
かなりのアドベンチャー感に、私の頭の中ではずっと「インディ・ジョーンズ」のテーマ曲が流れていました。

肥薩レトログラフィvol.2

なかなか普段では体験できないことを経験できて良かったなぁと思っていると、
球泉洞の職員の方が、なんと車を3台、出してくださることに!
おかげで、当初の予定通り、球磨川の対岸から森林館を見ることができました。
本当にありがたかったです。

肥薩レトログラフィvol.2

しかも、本来であれば、かなりの山道を歩いて橋を渡って…と、往復するのは結構大変なのですが、
車で楽チンに辿り着けて…感涙ものでした。

肥薩レトログラフィvol.2

「槍倒しの瀬」も案内してくださいました。

肥薩レトログラフィvol.2

球泉洞を後にし、お次は球磨川第二橋梁へ。

肥薩レトログラフィvol.2

ラフティングを楽しんでいる方達にマイクで声をかける立山会長。

肥薩レトログラフィvol.2

実はこの場所、今回初めて来ました。
立山会長の案内のおかげで、球磨川第二橋梁を間近に見ることができました。
さすが、地元の方です。

肥薩レトログラフィvol.2

お土産屋さんに寄った後は、最後の見学地、人吉機関区車庫へ。

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

とてもフォトジェニックな場所なので、皆さん、かなりシャッターを切られていました。

肥薩レトログラフィvol.2

この人吉機関区車庫、一部撤去が決まっているそうです。
今のこのままの雰囲気を見られるのは、今回が最後でしょうとのこと。
本当に貴重な機会となりました。

肥薩レトログラフィvol.2

機関庫の横にある転車台。重たいSLを方向転換させるためのものです。
全国各地で姿を消しつつあり、今や貴重な存在となりました。
昔は何らかの不具合があった時、人力でこの転車台を動かしていたそうです。
雨が降って水が溜まった時なんかは、そりゃあもう最悪だったとか。

転車台の隣りのSL館には、蒸気機関車に関する様々なものが展示してあり、
立山会長が説明してくださいました。

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

…本当に色んなものが展示されていました。

肥薩レトログラフィvol.2

展示室のお隣には、投炭練習を体験できる場所が。

肥薩レトログラフィvol.2

まずは立山会長にお手本を見せていただきます。
とても御歳80歳とは思えない、パワフルな身のこなしに圧倒されます。

肥薩レトログラフィvol.2

続いて参加者も挑戦!
「なかなか筋が良い」と褒められました。^^

肥薩レトログラフィvol.2

立山会長が仰るには、蒸気機関車というものは「とても動物的なもの」だそうです。
蒸気機関車というのは、車内で石炭を燃やすことで、自分で燃料となる蒸気を作っている。
機関庫で停まっている時も石炭を燃やし、蒸気が循環し続けているところは、
動物が眠っている時にも血液が循環し、呼吸を続けているのと一緒。
そして、石炭の良し悪しや機関車の調子などで状態が変わり、個性がある。
そんなところが、生き物のように感じるところだそうです。

肥薩レトログラフィvol.2

一日かけて、見学地の場所ごとに、またバスの車内でも、素晴らしいお話を聞かせてくださった
立山会長、そして平川さん、本当にありがとうございました。
経験者だからこそ語れる生きた言葉に、深く感銘を受けました。

肥薩レトログラフィvol.2

ドンドンドン♪
太鼓の音が鳴り響き、軽妙な音楽とともに、人形がユーモラスに踊り出します。

肥薩レトログラフィvol.2

最後に人吉駅前のからくり時計を見て、福岡への帰途につきました。

肥薩レトログラフィvol.2

一日安全に運行してくださった福岡伊都バスの越路さん、ありがとうございました。

肥薩レトログラフィvol.2

そして参加者の皆さま、ご参加いただき本当にありがとうございました!

今回はクリエイティブツアーにしては珍しく、いや初めて(?)
余裕をもってスケジュールを進めることができました。
皆さまのご協力に感謝申し上げます。

台風の影響を心配しておりましたが、行程もすべてクリアでき、大雨に降られることもなく
無事にツアーを終えられたので、安心いたしました。
多くの方々にご協力をいただき、たくさんの幸運に恵まれたツアーだったなと思います。

肥薩レトログラフィvol.2

帰りの車内で皆さまから感想を頂きました。

「ツアーに参加するまでは特に電車に興味は無かったけれど、会長さんの説明を聞いていると興味がわいてきて、
感動する場面もありました。」

「自分では行けないような場所に連れていってもらえて、色々なものを見られて良かったし、
道中、皆さんとお話しできて、すごく楽しめました。」

「本物のチカラはすごいと思いました。一夜にして作り上げることはできない、歴史の重みを感じました。
運良く残ったと言われていましたが、残って良かったと思います。」

「地元の方の、観光客を大事にしよう、文化を伝えようという気持ちが伝わってきて、とても良い旅ができました。」

「行程にゆとりがあったため、ゆっくりと撮影ができて良かったです。」「フィルムを現像するのが楽しみ。」

「写真という同じ目的を持った人達と一緒に一日を過ごせて、今までにない刺激をもらえました。」

「一人で参加して不安だったけど、ほとんどの方が一人で来られていたので安心しました。」

「写真を撮るという目的で参加したわけではなかったので、皆さんから浮いてしまうのではと心配していましたが、
ウロウロしながら十分ゆっくり見ることができたので良かったです。」

「楽しくて一日があっという間でした。名残惜しいですが、またツアーに参加したいと思います。」…等々。

参加者の皆さまに楽しんでいただけたようで、こちらもとても嬉しいです。

肥薩レトログラフィvol.2

最後に石川の感想です。

クリエイティブツアーでは、現地の方に案内してもらうことも多々あるのですが、
やはり、そこに生まれ育った人に話を聞くというのは素晴らしいことだなぁと思います。

今回、立山会長に詳しい説明をしていただきました。
当時のことをリアルに体験した本人から直接聞く言葉は重く、貴重で、そして素敵でした。
立山会長と同じように、自分よりも長い時間を生きて様々な経験を持った人が、きっと身近なところにもいるでしょう。
そんな人たちに、当時のことを何でも良いから聞いてみたいという気持ちもわいてきました。

今年7月に県美でクリエイティブツアー写真展を行い、
ツアーで行った場所だったり、自分が素敵だと思う景色の写真を一般公募し展示したのですが、
写真を見にきてくださった多くの方々が「こんな場所が九州にあるのね」と感動してくれて、
九州の魅力を再発見してもらうことができました。
また来年も写真展を開催したいと思っていますので、ぜひ沢山の方に参加していただき、
地元の素晴らしい文化や歴史や景観を伝えていければと思います。

立山会長が「自分が元気な限り、肥薩線の魅力を伝えていきたい」と仰っていましたが
僕たちも、写真を通して地域の魅力を伝えていけたら良いなぁと思っています。

そしてまた、写真を撮るという同じ楽しみをもった人たちと巡る、このツアーの良さを改めて実感しました。
また皆で楽しく一日を過ごすことができたら嬉しく思います。


「池島レトログラフィ vol.3」ツアーレポート

日々刻々と変わりゆく池島の姿を毎年撮っていこう。
そんな思いで訪れる池島レトログラフィも、今年で3回目となりました。

「アジサイが物語る人々の暮らし・炭鉱の島の“現在”を歩く」と題し、
アジサイの咲く季節に行くことにしています。
草木が生い茂る廃墟の中に、ふわっと浮かび上がるアジサイの花。
そこに、かつて人々がこの場所に住んでいたのだという気配が感じられるからです。

アジサイを目的としているため、必然的に時期は梅雨真っ只中となります。
しとしと雨に濡れる池島も素敵だろうと思うのですが、
参加者の皆さんの日頃の行いが良いのでしょう、
この日はちょうど梅雨の中休み。
青空も広がる、恵まれたお天気となりました。

2015年6月21日(日)。
集合は7:15。いつも通り、朝が早いです。
しかも池島の場合はフェリーの時間があるので、出発を遅らせることはできません。

池島レトログラフィvol.3

皆さまのご協力のおかげで、無事にフェリーに間に合いました。
池島へ向けて、約30分の船旅です。

池島レトログラフィvol.3

皆さん、色んなカメラでご参加です。カメラ話にも花が咲きますね。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

スタッフ林も、コーワシックスという中判カメラで参加いたしました。^^

池島レトログラフィvol.3

いよいよ、池島が間近に見えてきました。

池島レトログラフィvol.3

ついに池島に上陸です。

ここからは、ディレクター石川博己の案内で巡るも良し、
撮影スポットを記載した、特製のロケーションMAPを片手に散策するも良し、
リピーターの方もいらっしゃいますので、自由に池島を堪能していただきます。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

…と、何やら陽気な音楽が聞こえてきましたよ。

池島レトログラフィvol.3

移動販売の車から流れてくる音楽でした。
島の日常が見られるのも良いですね。

昨年は霧に煙る池島で、廃墟感と物悲しさが一層増していたのですが、
青空の下で見る池島の姿は、ここが全くの廃墟ではなく、確かに今も人の住む島なんだという
明るさも感じられました。

池島レトログラフィvol.3

石川の案内に同行される方達は、
郷地区を抜けて池島の中心へと向かいます。

池島レトログラフィvol.3

ゆるい坂を登っていくと、発電所と海水淡水化施設の姿が。

池島レトログラフィvol.3

すごい迫力です。

池島レトログラフィvol.3

郷地区は炭鉱ができる前からあった集落で、
炭鉱が栄えていた頃は、多くの居酒屋や飲食店、スナック、パチンコ屋、カラオケ屋などが軒を連ねていたといいます。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

第一立坑の櫓も見えます。

池島レトログラフィvol.3

続いて、炭鉱アパートが建ち並ぶエリアへ。

池島レトログラフィvol.3

あの、大輪の紫陽花が今年も出迎えてくれました。

池島レトログラフィvol.3

昨年は、まだ咲き始めの瑞々しいアジサイでしたが、今回は見事に満開です。

池島レトログラフィvol.3

お天気が違うだけで、同じ風景でも全く雰囲気が異なって見えました。

池島レトログラフィvol.3

特に池島では、重機はどんどん錆び、建物は朽ち、
撤去され、取り壊されていくので、
出会える景色は本当に一期一会なのだなぁと強く感じます。

池島レトログラフィvol.3

だからこそ、毎年ここに訪れ、写真に残しておこうと思うのです。

池島レトログラフィvol.3

時計を見れば、もうお昼。お腹もペコペコです。
池島唯一の定食屋さん「かあちゃんの店」で昼食をいただきます。

池島レトログラフィvol.3

名物のトルコライス!

池島レトログラフィvol.3

1年振りの再会に、思わず笑みがこぼれている方も…。
さぁ、いただきまーす!

池島レトログラフィvol.3

…あ!
私としたことが、なんたる失態。
ディレクター石川の姿を撮るのをすっかり忘れておりました。
フォトレクチャーをしている場面とか、颯爽と案内をしているところとか、
撮るべきシーンは沢山あったはずなのに、
まさか、この1枚だけしか撮っていなかったとは…。
(本当に悪気は無いのです。も、申し訳ございませーん!><)

池島レトログラフィvol.3

帽子を顔にのせて休憩している石川でした。

…気を取り直して、池島の象徴ともいうべき8階建てアパートへ。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

圧倒的な存在感です。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

どこもかしこも緑で覆い尽くされています。

池島レトログラフィvol.3

そんな中、優しい色合いのアジサイの花にホッとします。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

息苦しさを覚える程の植物たちの圧倒的な生命力。

池島レトログラフィvol.3

今度は、池島を一望できる場所へ。
池島で一番高いところ、四方山に登ります。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

素晴らしい眺めです。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

山頂での眺望を楽しんだ後は、炭鉱アパート周辺をのんびり散策しながら撮影します。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

いたるところで咲き誇るアジサイ、本当に綺麗でした。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

今年はアパートに絡まるツタがオレンジ色の花をつけているところも見ることができて嬉しかったです。

池島レトログラフィvol.3

廃墟となったアパート群も、明るい陽射しのもとで見ると
去年とはまた異なる印象を受けました。
とても神秘的だった、真っ白な霧に包まれた池島。
そして、明るい光に照らされた池島とは、なんだか少し距離が近くなれた気がしました。

池島レトログラフィvol.3

そろそろ、池島港へと向かわなければなりません。

池島レトログラフィvol.3

海沿いの道をぐるりと歩き、港周辺の炭鉱施設を見ながら戻りましょう。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

こうした重機なども、いつまで見られるのでしょうか。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

全員無事に港に集合。
自由行動を選択された方々も、コミュニティバスやレンタル電動自転車を利用したりして、
自分たちのペースで思い思いに池島を楽しまれたようです。
また、島民の方もすごく親切にしてくださったと話してくれました。

池島を発つ前に記念撮影を。

池島レトログラフィvol.3

ちょうどフェリーが来たので、もう一枚。

池島レトログラフィvol.3

名残惜しみつつ、池島の旅は終わりました。

池島レトログラフィvol.3

 

九州最後の炭鉱である、池島炭鉱で賑わいを見せた池島。
2001年に閉山し、8000人近くまで増えた人口も今や200人を切りました。
大きな小中学校に通うのは、小学生たった1人ということです。
草木に浸食され廃墟化しつつあるアパート群を眺めていると、
たった十数年でこんなに変わってしまうのかと、日々の儚さや無常というものを感じずにはいられません。

池島を毎年撮り、この島の移り変わる様をはっきりと目の当たりにすることで、
何気なく過ごしている日々はこのまま変わらず続いていくものではなく
当たり前にある目の前の風景も儚いものだということが胸に迫ってきます。
そして、だからこそ気付く“ありふれた日常”の大切さ。

来年もまた、この季節に「池島レトログラフィvol.4」を開催する予定です。
移ろいゆく池島を再び撮りに行きませんか?

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

 

参加者の皆さん、本当にお疲れ様でした。
いつものクリエイティブツアーでは、いくつもの見学地をバスで巡っていきますが、
池島の場合は基本、徒歩ですし、また暑かったので、
なかなかハードな一日だったかと思います。
「自分の体力の無さを痛感しました」と仰る方も。
でも、皆さんから「楽しかった」という声をお聞きして、私共も嬉しく思いました。
池島に対しては「不思議な感じがした」という感想が多く聞かれました。
また「帰ってから写真を見返すのが楽しみ」「現像するのが楽しみ」とも仰られていましたね。
きっと、良い写真がたくさん撮れたのだろうなぁと思います。
ご参加ありがとうございました!

そして、福岡〜瀬戸港間を安全運転してくださった福岡伊都バスの脇坂さん、ありがとうございました。
脇坂さんのおかげで、無事にお土産も買えました。
(なぜか、カボチャを購入している方が複数いらっしゃったのが謎でしたけど…。)

 

次回のクリエイティブツアーは、8月30日(日)開催の肥薩レトログラフィvol.2です。
こちらもフォトジェニックな場所が満載ですよ。
どうぞお楽しみに。


クリエイティブツアー写真展、終了いたしました。

2015年7月14日

etc

コメントはまだありません

【クリエイティブツアー写真展/レトログラフィvol.1】無事に終了いたしました。
第1回目の開催ということで、私ども事務局も不慣れな為、何かと不手際や行き届かない点等があったかと思いますが、
皆さまのご協力のお陰で、延べ780名ものお客様にご覧になっていただくことができました。

ご来場の方にご記入いただいたアンケートには

「九州の中に、これほど見たことのない風景があったのだと新鮮に感じました。自然風景だけでなく、人々の生活も伝わるのが大変良いですね。」

「写真をきっかけに、実際に見てみたいと思ったところが沢山ありました。いつかぜひ、この目で見てみたいです。」

といったコメントがあり、九州の新たな魅力をお届けできたようで、とても嬉しく思いました。
県美の方も「とても良い展示だと皆さん仰っていましたよ」と教えてくださり、
参加者の皆さまにも喜んでいただけたようで、ホッとしております。
さらにブラッシュアップして、来年、第2回を開催したいと思っています。
沢山の方々にご参加いただければ幸いです。

ご参加の皆さま、お越しくださったお客様、設営や撤収にご協力いただいた方々、
県美の皆さま、ご後援を賜りました関係各位に心より御礼申し上げます。
どうもありがとうございました。

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1

クリエイティブツアー写真展『レトログラフィ』vol.1
2015年7月7日(火)~7月12日(日)
福岡県立美術館 1階展示室(福岡市中央区天神5-2-1)

主催:クリエイティブツアー写真展事務局(九州クリエイティブツーリズム)
後援:福岡市・(公財)福岡市文化芸術振興財団・長崎県観光連盟・熊本県人吉市

参加者のみなさまの写真をgalleryページに掲載しています。ぜひ、ご覧ください。
次回の写真展へのお知らせを希望される方は、お問い合わせフォームよりご連絡先を明記の上送信してください。