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「池島レトログラフィ vol.2」ツアーレポート

昨年の8月に続き、2回目となる「池島レトログラフィ」。
今年はアジサイの咲く頃を狙って、6月1日(日)に行ってきました。
雨の心配もあったのですが(雨にけぶる池島もそれはそれで素敵だと思いますが)
九州北部地方が梅雨入りしたのが6月2日。
ちょうど梅雨入り前日のこの日は、雨どころか夏日の暑い一日でした。

池島レトログラフィ

早朝7:30に福岡を出発。バスに揺られて一路長崎へ。
車内では今日一日を一緒に過ごす参加者の皆さんに自己紹介をしていただきました。
昨年のツアーにも参加して下さっているリピーターの方もいらっしゃれば、
池島に行きたいと思って調べていたら、偶然このツアーを見つけて…という方も。
ツアーの募集を開始してすぐに定員に達したことからも、池島の人気の高さが窺えます。

自己紹介の後、これから向かう池島のかつての姿を記録した映像を皆さんに見ていただきました。

池島レトログラフィ

九州最後の炭鉱である、池島炭鉱で賑わいを見せた池島。
2001年に閉山し、8000人近くまで増えた人口も今や200人余りにまで減少してしまい、
建ち並ぶアパート群は草木に浸食され廃墟化しつつあります。
たった十数年でこんなに変わってしまうのかと、日々の儚さや無常というものを感じずにはいられません。
そんな移ろいゆく池島の「いま」を写真に収めに行きます。

クリエイティブツアーの参加者に毎回お配りしている特別冊子。
今回は池島を自由に散策して撮影できるように
撮影ポイントを記したマップと、それにリンクした冊子にしました。
このマップと冊子が良かった!という参加者の声もいただきましたよ。^^

池島レトログラフィ

瀬戸港からフェリーに乗って池島へ向かいます。約30分の船旅です。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

いよいよ池島が近づいてきました。

池島レトログラフィ

なんと池島はものすごい霧に包まれています。
白く霞む視界にぼんやりと浮かぶ島影がとても幻想的で、異次元に迷い込んだかのような、まるでラピュタの世界のような。

さぁ、池島に上陸です!

池島レトログラフィ

迫力ある遺構の数々。霧と相まって、えも言われぬ雰囲気を醸し出しています。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

島内をそぞろ歩きつつ…

池島レトログラフィ

撮る。

池島レトログラフィ

またまた、そぞろ歩き…

池島レトログラフィ

撮る。撮る。撮る。

池島には心惹かれる被写体が沢山あって、あっという間にフィルムを撮り終えてしまいます。
あ、クリエイティブツアーに参加される方は写真好きの方が多く、またフィルムカメラの方も多いのです。
フィルムとデジタル2台持ちの方もいらっしゃいました。

池島レトログラフィ

人の侵入を拒むかのように生い茂るツタ。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

人の住んでいた気配を濃厚に残しています。

池島レトログラフィ

きっと沢山の人が楽しんだであろう場所。もう笑い声は響いてきません。

池島レトログラフィ

全盛期には1800人近くの小・中学生がいたそうですが、今はたったの6人…。

池島レトログラフィ

フォトジェニックな8階建ての高層アパート群。
今はがらんどうとして、ひっそりと静まりかえっていますが、
この窓一つひとつに暖かな明かりが灯り、大勢の人が暮らしを営んでいたのは
遠い遠い昔のことなんかではないのです。

自分の生まれ育った場所がいつか廃墟になるかもしれない。
そんなことはこれまで想像だにしませんでしたが、
ここに来て、毎日の「ありふれた日常」は永遠に続くことを約束されたものではないのだと思い知らされました。

池島レトログラフィ

なんだか切ない気持ちになってしまいましたが、やっぱりお腹は減るものです。
島で唯一の食堂「かあちゃんの店」で昼食を頂きます。

池島レトログラフィ

トルコライスはボリュームたっっっぷり!
ご好意で新鮮なお刺身までご用意して下さいました。
廃墟を見てきたせいか、なんだか人の優しさが余計に心に沁みます。
とっても美味しかったです!ごちそうさまでした。

池島レトログラフィ

昼食の後は、小中学校の裏手にある四方山へ登ります。

池島レトログラフィ

池島で一番高い場所。360度見渡せる眺めは最高です。

池島レトログラフィ

四方山の頂上にて。おそらく池島で、このとき人口密度が一番高かった場所。

池島レトログラフィ

若者は笑顔ですが…

池島レトログラフィ

けっこうな勾配の山でヘトヘトになりました。

山を下りた後は、炭鉱アパートの建ち並ぶなかをのんびり散策しながら写真を撮ります。

池島レトログラフィ

植物の生命力には、ただただ圧倒されるばかり。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

廃墟のなかで色鮮やかに咲く花は、ひときわ目を引きます。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

たとえ誰も見る人がいなくても、美しく咲き誇るアジサイ。
来年もこの場所で咲いていて欲しいと密かに願います。

池島レトログラフィ

眩しいほどの瑞々しさ。
咲いているうちに段々と色を変化させるため、アジサイは「七変化」の異名をもちます。
今も刻々と変わり続けている池島の姿と重なります。

池島レトログラフィ

そうそう。池島では、人よりも猫によく出会います。

池島レトログラフィ

港や

池島レトログラフィ

「かあちゃんの店」の前や

池島レトログラフィ

草影や

池島レトログラフィ

小径などなど…。

池島レトログラフィ

誰もいない廃墟のなかで、生き物を見るとホッとします。

池島レトログラフィ

池島をぐるりと回って、海沿いの道を行き、港へと戻りましょう。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

そろそろ帰りのフェリーの時間です。思う存分に写真は撮れましたか?

池島レトログラフィ

フェリーに乗り込み、池島を後にしました。
地域おこし協力隊の小島健一さんと、島民の方が見送って下さいました。

池島レトログラフィ

遠のいていく池島の姿を最後にカメラに収めます。

 

参加者の皆さんの集合写真は第二立坑と女神像「慈海」の前で撮りました。
もちろん、女神像と同じポーズで。
ここは立入禁止の場所になってしまったのですが、今回は特別に入らせていただくことができました。
去年までは普通に入れたのですが…。

池島レトログラフィ

 

まるで人々の生きた痕跡を消していくかのように緑がアパートを覆い隠し、
住宅や施設の一部が老朽化して危険ということで取り壊され、
島のあちこちに空き地が出現。
すでに昨年とは違う景色が、今の島の日常になっています。

池島を毎年撮り、この島の移り変わる様をはっきりと目の当たりにすることで、
何気なく過ごしている日々はこのまま変わらず続いていくものではなく
当たり前にある目の前の風景も儚いものだということが胸に迫ってきます。
そして、だからこそ“ありふれた日常”が大切なのだと気づきます。

今回、写真に収めてきた池島の紛れもない「いま」の姿も、すでに「過去」のものとなり、
この瞬間にも刻一刻と変わり続けています。
来年、またこの季節に「池島レトログラフィ vol.3」を開催する予定です。
今とは違う池島を再び撮りに行きませんか。

池島レトログラフィ

「永遠に 池島の生命と 幸福を守りたまえ」

 

暑いなか島内を歩き回り、山にも登って、なかなかハードな一日でした。
参加者の皆さん、お疲れ様でした。ご参加ありがとうございました!

また、情報提供などのご協力を頂きました地域おこし協力隊の小島健一さん
今回も安全運転で無事にフェリーに間に合わせて下さった福岡伊都バスの越路さん、
冊子制作を手伝ってくれたゴッドハンドKさん・Sさん、どうもありがとうございました。

本ツアーは、エフ・ディが主催するデザイン塾の校外セミナーです。

次回のクリエイティブツアーは、7月13日(日)開催の阿蘇トレックレック
山歩きをしながら美しい自然を写真に撮って記録しようという
クリエイティブツアーの新しいテーマ「TREKREC」の第1弾です。
皆さんのご参加をお待ちしております!


九州の自然のすばらしさを体感し記録すること。

阿蘇トレックレック

こんにちは、F_dの石川です。
今回のツアーのテーマ「TREKREC」、なかなか反響がいいようでお問い合わせも多くいただいています。
トレッキングに興味がある方、多いみたいですね。
今まで興味はあったけどなかなか機会がなかったという方もいるようで、
このツアーがきっかけになれば嬉しいですね。

今回はふたつトレッキングを予定しています。
ひとつは緑の芝生が生い茂る小高い山。二つ目は別の惑星のような砂と石の阿蘇の火口周辺です。
この両極端なふたつの場所をトレッキングします。
クリエイティブツアーの目的はただのトレッキングではありません。
トレッキングを通して阿蘇の山や火山活動から生まれた特異な地形や自然について知ろうというものです。
緑の山と砂と石の山、どちらも阿蘇の特質を表しています。

鼻を突く火山ガスの匂い、毎分何トンも沸き上がる水源、風が吹き抜ける緑豊かな草原。
少し車を走らせるだけで九州にはこんなにもすばらしい自然があります。
その自然のすばらしさを体感し、この九州の地について理解を深めてみましょう。
そして、このすばらしい自然を写真に収め伝えることによって、守られていくのではないかと思います。

九州の自然のすばらしさを体感し記録すること。
阿蘇TREKREC、みなさんの参加お待ちしています!


今度のクリエイティブツアーはトレッキング+写真。

阿蘇トレックレック

みなさん、こんにちは。F_dディレクターの石川です。
今回のクリエイティブツアーは山歩きをします。
山歩きと言っても本格的なものではなく、ハイキングのような軽いものです。
登頂を目指すものが登山なら、トレッキングは登頂を目的とせず、大自然の起伏を楽しみながら歩くものです。
今回はそのトレッキングとクリエイティブツアーの手法である“写真を撮る”ことを組み合わせてツアーエディットしました。

タイトルにある【TREKREC】トレックレックのご説明を少し。

Trekとはトレッキング、山歩きのこと。
そしてrecはrecordの略。つまり記録という意味です。
この二つを足した造語であるTrekrecトレックレックとは、山歩きをしながら
美しい自然を写真に撮って記録しようという、クリエイティブツアーの新しいテーマです。

クリエイティブツアーのメインテーマである「レトログラフィ」は、
まちの歴史や文化に触れ、その場所の背景にある物語を読み解きながら、
写真を撮るといったクリエイティブな手法で、まちの魅力を発見し、理解を深めていこうというツアーでした。
今回の「トレックレック」は、もっと「自然」というものに主眼を置いたもので、
その地域特有の自然と、その自然環境により発生した文化や人の暮らしというものを知ろうという視点のツアーです。
山歩きと言っても、登頂を目指す本格的でハードな登山ではなく、
写真を撮りながら、豊かな自然を体感することを目的としています。

九州には素晴らしい自然があり、その時期その時期でひときわ輝く美しさを持つ場所もあります。
そういった場所を自分の足で歩きながら、学び、写真で記録していこうというものです。

TREKREC第1回目は阿蘇へ向かいます。
今もなお火山が噴煙を上げる阿蘇山。世界一のカルデラ。豊かな水源。緑の草原。
この美しく雄大な自然の阿蘇をTREKRECします。

みなさんのご参加をお待ちしています。


「筑豊レトログラフィ」ツアーレポート

筑豊レトログラフィ

クリエイティブツアー第13回目は僕の故郷でもある筑豊へ行ってきました。
なぜ、今回筑豊なのかと聞かれるのですが、自分のルーツを知る、向き合うということは大切だと、
クリエイティブツアーをやりだしてから、ほんとによく思うんですね。
正直、僕はこの町が嫌いでした。
これは田舎で生まれ育った人だったら誰でも思う“なんでこんな田舎に生まれたんだろう”という
都会=華やかで、刺激的で、楽しくて、将来性のあるところ、
という一辺倒な都会へのあこがれの裏返し、コンプレックスです。
僕の故郷であるこの筑豊も、昔は炭鉱で栄えてたというけれど、
僕の子供のときにはすでに炭鉱は閉山し、町はさびれていく一方でした。

今思えば、思春期にこのさびれた筑豊で過ごしたことが、その後の僕の人格や思考をつくり
そして、今の職業につながる“何かを生み出したい”という欲求につながったのだなぁと思うのです。
僕のルーツであるこの筑豊を僕自身が振り返ってみたとき、
子供の頃はさびれていることしか目に映らなかったこの筑豊の、もっと深い部分が見えてきたのです。
今の僕があるのは、僕を生んでくれた母がいるからで、それと同じように僕らが今ここにいられるのは
そこに住んで今の町を作ってくれた人たちがいたからなんです。
という、ごく当たり前のことにようやく気づくわけですね、大人になると。

最近の映画で「永遠の0」という映画、みなさん観られましたか?
戦争で亡くなったおじいちゃんのことを孫が調べていくのですが(もっと内容は深いです)
調べていくにつれ、おじいちゃんという人がどんな人で、どんな思いでその時代を生きていたのかという気持ちを知るわけです。
この映画を観たきっかけで、僕も母親がどんな人だったのかと思い出していると
この筑豊という町の思い出が甦ってくるのです。

大人になってようやくコンプレックスであった筑豊の町に対峙し、調べていくと
自分が筑豊という町を、どれだけ知らなかったのかということに気づかされました。
さびれている今の筑豊をみて、「たいした町じゃないよ」と言ってきた自分が恥ずかしくなりました。
当時と比べ今はさびれているかもしれないけれど、この町は日本を作ったんだと誇りに思っていいほど、素晴らしい町だったんだと。
と同時に、僕を含め筑豊に住む人たちは、そういう“誇り”を失いかけているんじゃないかとも思いました。

前置きが長くなりましたが、今回の「筑豊レトログラフィ」は、
そんな失いかけている“町の誇りを伝える”旅にしたいと思ったのです。

ではでは、当日の様子をレポートいたします。

今回のツアーは8時に天神集合。僕らのツアーはだいたい7時半に出発なのでちょっと遅めです。
今回は同じ郷土出身で書家・MC・プランナーとマルチな活躍をされている青木美香さんと
最近では「パン博」の仕掛人として郷土の活性化やPR活動をされている川崎町観光協会の山本剛司さんにご協力いただき、
当日のガイドまでご同行いただきました。すごく長い時間企画から関わっていただいて、ほんとに感謝です。

筑豊レトログラフィ

青木さん、美人です。
創作書家・青木香玉として初の作品集であるポストカードブック『かんじる漢字story』が発売中です。みなさん、よろしくお願いします。^^

まずは最初の見学ポイント、住友忠隈炭砿ボタ山へ。
ボタとは炭鉱で掘り出された石炭以外の石や岩などの総称のことで、それを高く円錐形に積み上げたのがボタ山です。
炭鉱全盛期の筑豊には約300ものボタ山がそびえ、筑豊の象徴でもありました。
しかし、閉山後は多くが切り崩され、現在ではほとんど姿を消してしまいました。

今回このボタ山のアテンドをしてくださったのは、青木さんのお知り合いで文筆家の上野朱(あかし)さん。
朱さんは、筑豊の中小炭鉱に生きる人々の生き様を記録し続けた上野英信さん(1923–1987・山口県出身の記録文学作家)の息子さん。
ふだん立ち入ることができないボタ山を、当時のことを振り返りながら案内してくださいました。

筑豊レトログラフィ

筑豊レトログラフィ

筑豊レトログラフィ

筑豊レトログラフィ

しかし…。このボタ山きついです!傾斜角30度で一直線に登っていきます。
今はもう植物が自生していて、ここがボタ山だったとは言われないと気がつかないでしょう。
参加者のみなさん、息も切れ切れ。片道約20分ほどで頂上へ。
頂上は360度ぐるりと視界の開けた素晴らしい眺めです。
今ではほとんどのボタ山は姿を消していて、このような大きなボタ山は希少です。

筑豊レトログラフィ

筑豊レトログラフィ

爽快な眺め!頂上は20人が立てるくらいの広さです。

筑豊レトログラフィ

筑豊レトログラフィ

ボタ山にはこのような石炭がゴロゴロしています。

ボタ山から降りると朱さんが、何枚かの絵を見せてくれました。

筑豊レトログラフィ

筑豊レトログラフィ

この絵!なんと、山本作兵衛さんの原画でした!
山本作兵衛さんの炭坑画は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の認定する「世界記憶遺産」に国内第1号として
2011(平成23)年5月に登録されました。
見せていただいた絵の中には、作兵衛さんが朱さんに描いてくれたものもありました。

筑豊レトログラフィ

朱さんに描いてくれたという絵。機関車を描いてほしいと頼んだら、機関車よりも車掌さんをメインに描かれていたという。
炭坑で働く人たちを描いた作兵衛さんらしいとおっしゃっていました。確かに!

作兵衛さんの炭坑画についてもっと紹介したいのですが、あまりに長くなるのでパスして次へ。
朱さん、ありがとうございました!この場を借りて、あらためて御礼申し上げます!

次に向かったのは、NHK連続テレビ小説「花子とアン」で登場している柳原白蓮が暮らしていた旧伊藤伝右衛門邸です。
ドラマで人気なのか、日曜ということもあり、ものすごい人!ゆっくり観れずに残念でした。
ここは平日に来た方がいいですね。下見の時はゆっくり観ることができたのですが、みなさん、すみませんでした。

筑豊レトログラフィ/旧伊藤伝右衛門邸

筑豊レトログラフィ/旧伊藤伝右衛門邸

筑豊レトログラフィ/旧伊藤伝右衛門邸

旧伊藤伝右衛門邸を後にして、いよいよ筑豊〜田川へ。僕の育った町です。
田川に入り、まずは六坑の炭鉱住宅へ。(こちらはツアー予告ページをご覧ください)今なお現存する炭鉱住宅です。
僕が子供の頃はこのような炭鉱住宅はごろごろしていたのですが、今ではすっかりなくなってしまいました。

そろそろお昼時ということもあり、お腹がぺこぺこ。
お昼は田川のソウルフード(勝手につけています)ということで「山賊鍋」へ。
その道すがら筑豊炭鉱の遺構、旧三井田川鉱業所・伊加利竪坑の2本煙突を見学しました。

筑豊レトログラフィ/旧三井田川鉱業所・伊加利竪坑

筑豊レトログラフィ/旧三井田川鉱業所・伊加利竪坑

僕らのツアーでは毎回ツアーの見学地についての冊子を制作して配付しています。
これは70ページに及ぶもので、僕らがなぜ今回このツアーを企画したのかということや
ツアーの見学場所の説明を詳細にまとめています。(写真も大変好評をいただいています^^)
ここにかなり細かくこの場所のことを記載していますので、レポートでは場所の詳しい説明を割愛させていただきます。
(すみません、みなさんぜひツアーに参加してみてください。^^)

筑豊レトログラフィ

筑豊レトログラフィ

いよいよお昼ごはん。山賊鍋です。
田川に住んでいる人だったら一度は食べたことがあるほど、超有名な食べ物です。もちろんおいしいです!
まだ一度も食べたことがない人は、ぜひ!

筑豊レトログラフィ/山賊鍋

豪快な盛りつけ。1人前で4人は食べれる!なぜ、1人前なんだ?

筑豊レトログラフィ/山賊鍋

その後、石炭記念公園と田川市石炭・歴史博物館へ。
ここでは、名物ガイドの原田さんに歌も交えて当時の暮らしをご説明いただきました。
「たった30分じゃ足りないよ」と言われましたが、駆け足で館内を回りながら、それでも歌も絶妙に織り交ぜるという
まさにプロフェッショナルなガイドを見せていただき、別の意味でも勉強になりました。

筑豊レトログラフィ/田川市石炭・歴史博物館

筑豊レトログラフィ/田川市石炭・歴史博物館

筑豊レトログラフィ/田川市石炭・歴史博物館

筑豊レトログラフィ/田川市石炭・歴史博物館

博物館を出ると次の見学場所である「川渡り神幸祭」へ。
今回はまたまた特別に川渡り神幸祭を間近に観れるプレス席をご用意いただきました。
報道関係の方でほぼ埋まるこのスペシャルな特別席をご準備してくださったのは、“小田のおいさん”こと小田弘さん。
今回は参加者全員に田川のお土産として「英彦山がらがら」もくださいました。ありがとうございました!

筑豊レトログラフィ/“小田のおいさん”こと小田弘さん

小田さんが白鳥町の法被を着ていたので、僕も中学校まで白鳥町に住んでいたと言うと
「おー、知っちょう、知っちょう、あの石川やろ」とのこと。
僕ら家族が住んでいたことを覚えていたんですね、びっくりしました。もう30年以上も前のことなのに。
その小田さんに連れられ、川渡り神幸祭へ。

筑豊レトログラフィ/川渡り神幸祭

筑豊レトログラフィ/川渡り神幸祭

筑豊レトログラフィ/川渡り神幸祭

筑豊レトログラフィ/川渡り神幸祭

筑豊レトログラフィ/川渡り神幸祭

この川渡り神幸祭を観てもらいたくてこの日にしたくらい、今回のツアーでは絶対見てほしいものでした。
僕の田川の記憶の中でも一番強烈に残っているのがこの川渡り神幸祭なのです。
普段活気のないこの町に唯一活気がともるこのお祭り。当時とても楽しみでした。
露店の数も僕が子供の頃に比べると少なくなりましたが、それでもまだまだ賑やかなお祭りでした。
とても懐かしくなりました。小田さん、ありがとうございました!

川渡り神幸祭を1時間ほど見学し、次は船尾鉱山へ。
こちらでは工場の外観を見て、船尾から電車にて次の駅の筑前庄内に向かいました。
ここの区間は船尾鉱山の中を走るので、普段入ることのできない鉱山の様子をかいま見ることができる面白い区間なのです。
あっという間に過ぎてしまうので、「え、どこ?」「何があった?」という感じでしたね。^^;;

筑豊レトログラフィ/船尾鉱山

筑豊レトログラフィ/船尾鉱山

筑豊レトログラフィ/船尾鉱山

それでは最後の見学地、旧志免鉱業所竪坑櫓へ。
当時の金額で200万円(現在の貨幣価値で40億円程度)を投じて造られたというこの竪坑櫓。
鉄筋コンクリート造で高さは47.65m。直下には地下430mまで掘られた竪坑があります。
現存する国内最大級の竪坑櫓として国の重要文化財に指定されています。
まさに圧巻の存在感です!
現存する同型の櫓は、他にベルギーと中国の2基のみ。世界的にも重要な遺産になっています。

筑豊レトログラフィ/旧志免鉱業所竪坑櫓

筑豊レトログラフィ/旧志免鉱業所竪坑櫓

今回のツアーのテーマは“街の歴史を語り継ぐこと”でした。
日本の歴史のなかで翻弄され、光と影を見てきた筑豊。
私たちがご案内したものは、その長い筑豊の歴史のごく一部でしかなく
ここに暮らした人たちの思いをわずかばかり代弁したにすぎません。
しかし、その歴史の一端でも、みなさんにお伝えできたのなら嬉しく思います。

クリエイティブツアーの目的の一つは、クリエイティブな視点で街の魅力を顕在化すること。
街の記憶をたどり理解を深めていくことで、今の自分との接点に気がつきます。
そして、人の記憶をたどることもまたクリエイティブな手法ではないかと思います。
今ツアーではたくさんの方々にご協力をいただき、貴重な昔の写真の提供をはじめとして
様々な人たちの「記録・記憶」を私たちに見せてくださいました。
それらを自分にあてはめてみることで、今まで気がつかなかった故郷の魅力が見えてくるのではないでしょうか。

ツアーに参加いただきましたみなさん、ありがとうございました。

企画にご協力をいただきました、青木さん、山本さん、上野朱さん、小田さん、
田川市美術館の佐土嶋さん、カメラマンの長野さん、冊子への写真提供をいただきました写真家の橋本正勝さん、

筑豊レトログラフィ/風香堂 青木美香さん風香堂 青木美香さん
筑豊レトログラフィ/川崎町観光協会 山本剛司さん川崎町観光協会 山本剛司さん
筑豊レトログラフィ/上野朱さん上野朱さん
筑豊レトログラフィ/“小田のおいさん”こと小田弘さん“小田のおいさん”こと小田弘さん
筑豊レトログラフィ/写真家 橋本正勝さん写真家 橋本正勝さん
筑豊レトログラフィ/フリーペーパー「炭坑夫の寝言」制作の佐土嶋洋佳さん、長野聡史さんフリーペーパー「炭坑夫の寝言」制作の
佐土嶋洋佳さん、長野聡史さん

みなさま、この場を借りてあらためて御礼申し上げます。ありがとうございました。