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『西新 今昔写真展』不易流行~西新のまちの今と昔

2015年2月26日

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西新商店街


2014年の10月と11月に、西新のまちを歩きながら写真を撮るフォトツアーを開催。
その際に参加者の皆さんが撮影された写真と
早良区役所よりご提供いただいた昔の西新の貴重な写真を展示する『西新 今昔写真展』を
西南コミュニティーセンター(西南学院大学 東キャンパス)にて
2015年2月13日(金)~2月22日(日)に行いました。


西新商店街


たくさんの方にご来場いただき、本当にありがとうございました。
西新の新たな魅力を発見していただけたのではないかなと思います。


西新商店街
西新商店街
西新商店街
西新商店街
西新商店街

サザエさんが生まれたまち、西新。
歴史や文化、ショッピングにグルメ…様々な魅力がギュッとつまった場所です。
そんな西新のまちの「今」と「昔」を切り取った写真を展示する『西新 今昔写真展』。
昔の写真にも、今の写真にも、なぜか「懐かしさ」と「新しさ」の両方を感じます。
そして、まちの風景が大きく変わったとしても、
決して変わらないものが写し出されていることに気付きます。
人と人とのつながり・絆・人情…あたたかい交流は今も昔もここにあります。

写し取られた西新の現在の姿。
そして、古い写真に刻まれた西新の過去。
今を生きる私たちは、そこに何を感じるのでしょうか。


西新のまちに今も昔もある、
懐かしさと新しさ。
そして変わらないもの。


西新商店街


不易流行~西新のまちの今と昔
『西新 今昔写真展』

会期/2015年2月13日(金)~2月22日(日)
会場/西南コミュニティーセンター(西南学院大学 東キャンパス)
福岡市早良区西新6-2-92
開館時間/11:00~16:00 入場無料
主催/西新商店街連合会
お問い合わせ先/090-5738-8373(担当:堀口)
協力/学校法人西南学院・早良区役所(写真提供)・ランドブレイン株式会社・株式会社エフ・ディ


「西新フォトツアーvol.2」ツアーレポート その2

建築家・井上聡氏による「西新フォトツアーvol.2」のツアーレポート。
その2をお送り致します。
(写真は参加者の皆さんが撮影されたものです。)

西新フォトツアーvol.2

11月24日に行った西新フォトツアーvol.2のツアーレポートの続きです。
今回のタイトルは「高取焼味楽窯で出会う西新エリアの今昔」。

前回の西新フォトツアーvol.1は、「勝鷹夢まつり」で賑わう中、いわば非日常の西新商店街で行われましたが、
今回のフォトツアーvol.2は、三連休最終日であるものの「いつもの」西新商店街をのんびりと歩くことができました。

まずは前回同様、高取焼味楽窯に足を運びました。
賑わいがやや薄らぐ西新商店街の一番外れにあるとはいえ、地下鉄西新駅からゆっくり歩いても15分程のところにあり、
商店街を訪れた方にはぜひ足を運んでもらいたいスポットです。
味楽窯美術館では美しい高取焼を眺めることができ、
運が良ければ現当主、15代目味楽さんにお会いすることもできるかもしれません。

ここでは、とても立派な「登り窯」をみることができます。

西新フォトツアーvol.2

このような登り窯は緩やかな傾斜を利用して熱の対流を起こし、窯の中の製品に均一に高温の熱を回すことができるため、
江戸時代に出現して以来近代まで窯の主流を占めていたそうです。

西新のような街中になぜこのような窯が!?

と、この登り窯を初めて目にした人は必ず口をそろえてそう言います。もちろん僕も・・・。

市街地には不釣り合いとも思えるこの登り窯の存在は、
今では想像するのも難しい西新エリアの大昔の姿を浮かび上がらせます。
そして、一見無関係とも思える商店街とも、実は大いに関係しているのです。

登り窯は、傾斜地に設置されます。
ほぼ平坦な西新商店街から緩やかな坂を登って辿り着く味楽窯からふと南側に目をやると、
小高い山があることに気が付きます。

坂を登ってきたという印象はあまり無いのですが、実はすでに小さな山の裾にいるのでした。

西新フォトツアーvol.2

さらに、完成した壊れやすい陶器を各地に運ぶためには、船を用いた運搬が最も適切なため、
水辺を選んで場所が定められたのでしょう。

昔の福岡市の海岸線はもっと内陸寄りだったことをみなさんご存知ですか?
西新・高取は今よりもずっと海に近接した場所だったのです。

特に高取焼は、黒田藩御用窯としての発祥と長い歴史を誇り、伝承のプロセスで窯の場所も変遷していきます。
最終的に「享保二年藩主の命に依り朝倉郡小石原より移窯」したわけですが、
早良街道や唐津街道、海、そして傾斜地があり良質の土がとれる、交易上非常に便利でかつ製陶に適した自然条件を満たす
この場所に落ち着いたのだと推測されます。

ひょっとするとこの場所は、福岡の街を創った権力者が見つけ出した、
歴史的クリエイティブスポットとも呼べる場所なのかもしれませんね。

西新フォトツアーvol.2

しかしこの好条件は、皮肉にも登り窯の寿命を縮めてしまうことになりました。

やはり、良い場所には人が集まるのです。
急速に周囲は市街地化され、現在ではマンションが周囲を取り囲んでいます。
こうした環境では、登り窯が炊く「一般的な木造住宅2軒分を燃やすくらい」の熱量やススは到底受け入れられません。

ですから、「なぜこんな市街地に登り窯が!?」という誰もがいだく最初の印象は、実は逆で、
登り窯が設置された場所が、時を経て市街地化されていったのです。

文字通り「無用の長物」となってしまった登り窯は静かに、しかし雄弁に西新エリアの昔の姿を語りかけてくるのでした。

西新フォトツアーvol.2

こうした話は、どこに記されているわけではありません。
学術的に深く調べたら、間違った解釈も含まれているかもしれません。

しかし、「なぜこんなところに窯が残っているのだろう」といった疑問を、
現地の人に聞いてみる、スマートフォンなどで調べてみる・・・こうした簡単な作業で、
この場所に対する興味や愛着は大きく変わっていきます。
もちろん、カメラを向ける視点も少し変わるのではないでしょうか。

この登り窯は、写真愛好家にとってはとても良い被写体です。
ぜひ足を運び、歴史や場所性に想いを馳せながらシャッターを切ってみてください。

西新フォトツアーvol.2

さて、高取焼味楽窯で当主の15代味楽さんにお話をうかがったりしながらゆっくりと過ごしていたら、
あっという間にお昼になってしまいました。

この続きはまた次回・・・。


「西新フォトツアーvol.2」写真紹介

昨年の11月24日、西新のまちを歩きながら写真を撮るフォトツアーvol.2を開催し、
建築家の井上聡氏を案内人に「繋がりを写そう」というテーマで撮り歩きました。

参加者の皆さんが撮られたお写真の中から、井上聡氏が2枚セレクトしてコメント付きでご紹介いたします。


石津 美保子さま
西新商店街

西新商店街

店からはみ出して道に陳列される商品。こういった存在が街並みに潤いを与え、楽しげにしてくれることがあります。
派手なノボリとか看板なんかはあまりよろしくないけど、緑のチカラって偉大。
石津さんが写したのは店の内部と道という外部の繋がりの部分とも言えますね。
それと古い民家の前を颯爽と(?)歩く女性の姿は、建物に使われている白と女性の上着の白が時代を超えてシンクロしていて、何か気になるショットになっています。


伊藤 亜美さま
西新商店街

西新商店街

石とロープでできた人形。
背景の陽が差し込む窓は適度にボカされて、おとぎの国のようなメルヘンな世界感が生まれています。
一方で買い物に熱中する人々と雑然と並ぶ商品はまさにリアルな描写。
伊藤さんにとって商店街は、こうした両極を撮影を通して行き来できる宝の山なのかもしれません。


江頭 誠さま
西新商店街

西新商店街

江頭さんが撮られた写真は、メインテーマとして捉えているように見える被写体とは別の存在を感じるものが多くありました。
古い民家を美しく撮ろうとしたら、普通であれば影が落ちてない部分を切り取るか、時間をずらして撮ろうとするかもしれません。
しかし、大きな影を落とす存在が隣接してあることは都市のリアルです。
逆に、路地を写したものは、右側の壁をあえて排除しています。
奥に行くと狭いようですが、写っていない部分はどうなっているのでしょうか、、、壁の存在が逆に浮き彫りになり、路地の狭さを再認識します。


大江 マリ子さま
西新商店街

西新商店街

大江さんは、古い民家の前をベビーカーを押して歩く若い夫婦を撮り、「時間の繋がりを写した」と言われました。
お見事。
3人の女剣士(?)が並んで歩いている姿は、西南大学と街の繋がりを、
そしてこれから生涯続くであろう部活動を通した人間関係の繋がりを感じさせます。


永野 雅子さま
西新商店街

西新商店街

商店街の中にある雑貨屋さんで、紐に通されて宙に浮いている色々なオブジェの中から、
永野さんは鳥を選び、そして向こう側にある窓を背景にして撮影しました。
囚われの身であるはずのこの鳥は、真っ白な背景を与えられたことにより、
空で自由に生きる生き物として輝いて見えます。
そしてこのネコちゃん。西新商店街の人気者。
野良猫のような自由はないけれど、このお団子屋さんと優しいご主人という背景があってこそ生き生きとしているのです。


廣川 絵里さま
西新商店街

西新商店街

建物と建物の隙間に、望まれたわけではなく偶然生まれたこういったスペースが魅力を放つことがあります。
この路地は、緑色の人工芝が貼られており、、、。
この安上がりな方法は、なかなかその存在に気づいてくれない歩行者に対する苦肉の策としてのアピールなのか、
魅力を増すための装飾なのか。
いずれにせよ人通りから奥にあるスペースを繋げる方法です。
街並みの向こうに見える福岡タワーなど、廣川さんは様々な「繋がり」を発見してくださいました。


福田 祐子さま
西新商店街

西新商店街

福田さんは積極的に白黒写真を撮られていました。今の時代、後からでもボタン一つで白黒にできるわけですが、
白黒で撮ると決めて撮った場合、少しモノの捉え方が違ってくると思います。
僕の場合、光に対してよりセンシティブになるような気がします。
福田さんは道に落ちている文字を発見しました。切り文字サインと光のチャーミングな悪戯。
そして、フォトジェニックな高取焼の登り窯は、皆さんたくさんシャッターを押した場所だと思いますが、
不思議なことにこのアングルで撮ったのは福田さんお一人だったのです。
段々になっている屋根が、緩やかな傾斜地で成立する登り窯をより強く認識させてくれます。
建築を生業とする僕としてはドキっとする一枚でした。


松浦 実加子さま
西新商店街

西新商店街

アメリカ国旗、ジャニーズタレント、保険会社のキャラクターそして鯉のぼり。
見事なまでに街の雑然ぶりを秩序だてて写しだしました。
この光景を「楽しい」と捉えるか、「統一性がない」などと否定的に捉えるか・・・それはこの写真をみる人に委ねられるのかもしれません。
それと、交差点を写した写真。他にもたくさん良い写真があったのに、なぜかこの写真に惹かれました。
信号待ちから解き放たれ、商店街が動き出したという感じの躍動感が映し出されているような気がするのです。
一時的に分断された商店街の軸が改めて「繋がった」感じ。


松澤 里香さま
西新商店街

西新商店街

松澤里香さんは、商店街の店主たちの「手」を中心に撮影されました。
が、これは連ねて見てはじめて面白さがわかるので、セレクトは2枚という制約のためにあえなく手シリーズは断念。
道路から奥深くにある店舗への細く長いアプローチを、お子さんが走ってくるショットを選びました。
子供を撮るのって、どんなに技術を持っていてもお母さんによる撮影には敵わないんですよねー。
子供は気を許して生き生きしているし、お母さんのお子さんへの眼差しは、ステキな一瞬を見逃さないからでしょう。
看板とはいえ、長谷川町子さんが描くサザエさんの息子や兄妹に向ける優しい眼差しをうまく捉えた一枚も選びました。


松澤 花凪さま
西新商店街

西新商店街

車止め(柵)の上に並ぶ小鳥のオブジェを、極端なまでにクローズアップして撮った一枚。
おかげでこの鳥にピコリーノという名前があることを知りました(笑)
そして紅葉の一枚。
気になったり好きなものにたいする素直な近づき方が気持ち良い2枚を選びました。


松澤 皓佑さま
西新商店街

西新商店街

小学生の皓佑君は、オモチャのカメラでとにかく気になるものをパシャパシャと撮っていました。
(ツアー参加者や店員さんなど、綺麗なお姉さんが多かった!)
そんな中、ドキッとする一枚が。
道路から奥まったところに玄関とちょっとした庭があるステキなスペースがあるのです。
肉眼でみるととても気になる場所なのですが、写真に撮るとなぜかその魅力が失われてしまいます。
皓佑君がここを撮ったことも驚きですが、彼のオモチャカメラは、向こう側にある光だけを写しだしていました。
そうなんです。ここの魅力は、僕らが勝手に入ることを許されない向こう側に満ちたミステリアスな「光」だったのです。
何もかもを写せるわけではない、オモチャのカメラが、この場所の本質だけを写しだしていました。


吉田 さや子さま
西新商店街

西新商店街

吉田さんは唯一、フィルムカメラでの参加でした。
工場で機械的に造るのと違い、一つ一つ手作業で生み出される高取焼。
そのアナログさでしかできない「何か」があるので脈々と引き継がれていくのでしょう。
建築も同じで、これだけ技術が進化しても和室や茶室というものが無くなることはないでしょう。
コンクリートや鉄ではつくることのできない空間性があり、それの大切さを分かる人が必ずいるからです。
吉田さんのフィルムカメラへのこだわりは、高取焼窯元の撮影に合っている気がしました。


【西新コラム】高取焼・味楽窯

西新商店街


西新商店街から紅葉八幡宮へと向かう途中、住宅街の一角に高取焼の窯元「味楽窯」はあります。
一歩足を踏み入れると、静かでしっとりと美しい庭園。そして圧巻の登り窯。
まるで別世界のようです。

400年の歴史を持ち、地名の由来ともなった「高取焼」。
16世紀、天下統一を果たした豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、
福岡藩の藩祖・黒田官兵衛と初代藩主の長政父子が朝鮮から八山という陶工を連れ帰り、
1606年に鷹取山(直方市)の麓に窯を開かせたのが高取焼の始まりです。
その後、窯の場所を移していったため、現在の直方市、宮若市、岡垣町、嘉麻市、飯塚市、福岡市と
広範な地域に渡って焼かれることとなりました。
黒田藩の御用窯として栄え、徳川将軍の茶道指南役を務めた茶人・小堀遠州の指導を受けて
茶陶・高取焼として名を高めます。
18世紀の初頭、味楽窯は現在の場所に窯を移しました。


西新商店街
西新商店街
西新商店街
西新商店街

敷地内には高取焼の陶芸美術館として「味楽窯美術館」が併設され、
古陶磁から現代陶芸までが展示されています。
高取焼の特徴である、七色の釉薬を用いた趣のある色合い。
陶器でありながら、まるで磁器のように薄く軽く作られた繊細な美しさ。
伝統と技術に裏打ちされた素晴らしい作品の数々を、ぜひ観賞してみては。


高取焼・味楽窯
福岡市早良区高取1-26-62
*味楽窯美術館 開館時間10:00~17:00 休館日 日曜・祝日 入場料 無料


【西新コラム】紅葉八幡宮

西新商店街


西新商店街に程近い、早良区高取にある紅葉八幡宮。
室町時代に橋本村(現・西区橋本)に創建されました。
江戸時代、福岡藩3代藩主・黒田光之により
城下近くの参拝に便利な西新の地(百道松原、現在の西新パレス一帯)に遷宮されました。
黒田家の守護神として篤く信仰され、
荘厳な社殿は「東の筥崎、南の太宰府・西の紅葉」と並び称されたそうです。
明治になり、電車(北筑軌道)が境内を横切ることとなり
それまでの静粛さが失われてしまったため、
大正2年、町が一望に見渡せる現在の地、高取へと移りました。


西新商店街


安産の神様として知られる神功皇后、
開運・厄除・出世の神様として昔から庶民に崇められてきた応神天皇、
子供の守護神で、学問の神様としても信仰を集めている菟道稚郎子命など
12の神様が祀られています。


西新商店街

西新商店街


紅葉八幡宮
福岡市早良区高取1-26-55


【西新コラム】学生のまち・西新

西新商店街


地下鉄の西新駅のシンボルマークは、西新のNが鉛筆とペンで表現されたもの。
西新の「学生のまち」としての姿を象徴しています。
修猷館高校や西南学院大学をはじめ、周辺には小中学校も多く
教育環境にも恵まれた場所です。


西新商店街


時は幕末。全国各地にたくさんの私塾が誕生し、隆盛を極めた時代。
ここ西新でも、下級武士が多く住んでいたため、私塾が増えました。
西新生まれで福岡藩に仕えた蘭学者・瀧田紫城の私塾「折中堂」には
自由民権運動から政治結社・玄洋社を創設した頭山満も学んでいます。
明治33年には藩校だった修猷館が、大正7年には西南学院が西新の地へと移転。
文教地区として発展してきたのです。


西南学院大学博物館


そんな歴史を感じさせる建物のひとつが、西南学院大学博物館。
大正10年に完成した、ツタの絡まる赤レンガの建物です。
当初は中学部本館・講堂として建設され、後に中学校・高校講堂としても使用されました。
現在はキリスト教の歴史や文化が学べる博物館として一般公開されています。
福岡市都市景観賞を平成12年に受賞し、
平成16年には福岡市の有形文化財にも指定された歴史的建造物。
なんと、あのヘレン・ケラーも来訪しているそう。


西新商店街


古い時代から、学生たちが青春時代を過ごしてきた町。
若いエネルギーと輝きにあふれる町。
まばゆい一瞬のきらめきをカメラで切り取ってみませんか。


西新商店街


西南学院大学博物館
開館時間10:00〜18:00(入館は17:30まで) 
休館日 日曜・夏季休暇・12/25・年末年始
入館料 無料


【西新コラム】サザエさんが 生まれた町

西新商店街


西新が、あの国民的人気マンガ『サザエさん』発案の地ってご存知でしたか?
よかトピア通りにさしかかる角にある西新1号緑地(別名「磯野広場」)には
「サザエさん発案の地」の記念碑が建てられています。
この辺りはかつて、福岡市民が夏を楽しんでいた百道海水浴場でした。
平成元年に開催された「アジア太平洋博覧会(よかトピア)」の開催を前に
昭和50年代後半から海岸の埋め立てが始まり、今の姿となりました。
サザエさんの作者の長谷川町子さんは、昭和19年から21年まで現在の西新3丁目に住んでいて
この百道の海岸を散歩しながら、サザエさん・カツオくん・ワカメちゃんといった登場人物を考案したそうです。


西新商店街


平成24年に西新と百道浜を結ぶ約1.6kmの道が「サザエさん通り」と命名されました。
「サザエさん通り」という名称は全国で2か所目。
もう1か所は、長谷川町子美術館のある東京都世田谷区桜新町にあります。
平成26年には、サザエさん通りの起点である脇山口交差点に、大きな案内看板が設置されました。
まるでサザエさんが道往く人々に呼びかけているようです。


西新商店街


子どもから大人まで世代を超えて愛され、色あせることのない
古き良き昭和の家族が描かれているサザエさん。
ぬくもりを感じる家族の姿やご近所付き合い。
そして日々の暮らしから生まれてくるユーモア、人情の機微。

サザエさんの世界のような、そんなあたたかい人と人との関わりを
この西新の町では今も見ることができます。
西新商店街を歩いていたら、明るく元気で、ちょっぴりそそっかしいサザエさんに
もしかしたら出会えるかもしれません。
お財布を忘れて慌てているかも…。


【西新コラム】名物・リヤカー部隊

西新商店街


西新商店街の名物といえば「リヤカー部隊」。
午後1時になると、西新中央商店街の道の中央にリヤカーの列がずらりと並びます。
リヤカーには産地直送の新鮮な野菜や近海で獲れる魚介類、花などがぎっしりと積まれ売られています。


西新商店街


そもそものはじまりは戦前。
農家の奥さんや子どもが自分の家で採れた野菜や果物などをリヤカーに積み、
西新で売り歩いていました。
西新一帯は早良の農村地区、糸島の漁村地区と福岡の町を結ぶ位置にあり、生産と消費の接点だったのです。
やがて戦後、商店街の中で行商が行われるようになったそうです。
多い時には60台を超えるリヤカーが出ていたとか。さぞ賑やかだったことでしょう。


西新商店街


現在、リヤカーの数は減少してはいますが、福岡近郊でとれた旬のものが安く手に入ると、
地元の人のみならず観光客にも人気です。
そして、リヤカー部隊の元気なおばちゃんたちとの人情味あるやりとりもまた、魅力のひとつ。
飛び交う威勢の良い掛け声。
お客さんと交わされる生き生きとした会話。
人と人とのふれあい…。
自然と笑顔になるような、あたたかい写真がきっと撮れるはず。


【西新コラム】西新商店街のこと

西新商店街


「西新商店街」と一般的に呼ばれていますが、実はいくつもの商店街の通称なのです。
約1.5kmもの距離に、リヤカー部隊で有名な「西新中央商店街」や、脇山通りから藤崎へ向かう「中西商店街」など、魅力的で活気にあふれた商店街が続いています。


西新商店街

西新商店街


西新の商店街は、江戸時代の「唐津街道」沿いにできたといわれています。
唐津街道は、江戸時代の参勤交代のために整備された街道の一つ。
北九州を起点に、博多を経由して佐賀県唐津市に至る道のりで、
福岡藩や唐津藩の参勤交代に利用されました。
現在の福岡市内には箱崎・博多・福岡・姪浜・今宿の5つの宿場町があったそうです。
街道沿いの宿場町では商業や文化も栄え、人々の暮らしも様々に発展していきました。
明治期に入っても中心地として栄えた町が多くあり、
西新商店街も、その頃の名残が感じられる場所です。


西新商店街


かつて唐津街道という交通の要所として栄えていた頃は、
石屋や材木屋、それに鍛冶屋や下駄屋などの商店が建ち並んでいたといいます。
明治・大正・昭和と人々の生活が豊かになるにつれ、通りの様子も変わっていき、
戦後は酒屋や醸造醤油屋、鮮魚店に八百屋、日用品店など
人々の生活に密着した店が増えていきました。
現在は、八百屋に肉屋、食料品店など、昔から続く店もあれば、
チェーンの居酒屋や飲食店、おしゃれなカフェやセレクトショップなども軒を連ねています。


西新商店街


昔の面影を探して歩くのも、新しいお店を発見しながら散策するのも、楽しい場所です。
ファインダー越しに、どんな西新の姿が見えてくるでしょうか。


【西新コラム】西新というまち

西新商店街


福岡市早良区にある西新。
古い歴史を紐解いてみると、この地は古墳時代前期(3世紀末~4世紀初め)、
国内最大の国際交易港だったといいます。
修猷館高校の改築時に発掘された「西新町遺跡」によって明らかになりました。
西新町の集落を通じて、中国や朝鮮半島から様々な先端技術が日本にもたらされたのです。

そして、歴史的にも有名な鎌倉時代の蒙古襲来。
今から700年以上前、元の襲来に備え、今津から香椎まで約20kmの博多湾岸に元寇防塁が築かれました。
すでにその多くの石材が福岡城築城に利用されるなど、都市の発達とともに取り壊され、
今ではここ西新の他、今津、生の松原など数カ所に残るのみです。
西南学院大学では移築復元された防塁が公開されています。


西新商店街


江戸時代になり、紅葉八幡宮が西新の地に移されると、門前町として栄えていきます。
「西新」という呼び名は、江戸時代に現在の中央区今川付近が「西町」と呼ばれていたのに対し、
樋井川以西を「新西町」と呼んだことに由来しているそう。これがいつしか逆転して「西新」になりました。

明治時代末期には路面電車が走り、市民の足として生活を支え、ますます西新のまちは発展。
また、昭和30年代の映画全盛期には、福岡市内に映画館が大小あわせて70数館あり、西新町にも7館あったそうです。
当時の西新は娯楽のまちとしても賑わいを見せていました。


西新商店街


現在でも、ちょっと足を伸ばせば、西新周辺に福岡タワーやヤフオクドームといった観光スポットがあり、
また博物館に図書館などの文化施設もあります。
西新には活気あふれる商店街があり、食事や買い物にも事欠きません。
歴史や文化、ショッピングにグルメ…様々な魅力がギュッとつまった西新。
そんな西新のまちを、カメラをもって歩いてみませんか?