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モニターツアー〝生業のある風景〟大牟田・南関編 レポート

Report モニターツアー「生業のある風景」大牟田・南関編

2016年12月21日(水)。
いよいよモニターツアー〝生業のある風景〟もラスト。第3回目は、熊本県の南関町と福岡県の大牟田市を巡りました。

・第1回目のモニターツアー〝生業のある風景〟荒尾・長洲編(http://creative-tour.fddj.cc/tour_report/3611/
・第2回目のモニターツアー〝生業のある風景〟柳川・みやま編(http://creative-tour.fddj.cc/tour_report/3619/

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最初の見学先は、南関町の塩山食品です。こちらでは、町の名産品の一つである「南関あげ」を製造しています。
工場長の塩山さんに、南関あげの作り方などを教えていただきました。

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製造工程の各段階で、大豆がどのように南関あげになっていくのか、現物を前にご説明くださいます。
大豆から出来るのは、普通のものより少し硬めの豆腐。
それを薄くスライスし、プレスして水分を抜くと、振っても破れないほどの硬さに。
その薄く硬い豆腐を二度揚げして、カットすれば完成です。
どのくらいの硬さなのか、触って確認。

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実際の製造風景も見せていただきました。

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1日に1万5千枚もの南関あげを作っているそうですが、その一枚一枚を、人の手で丁寧に揚げているのには驚きました。
まずは低温の油で揚げながら大きく広げていき、高温の油に移してパリッと仕上げます。

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みるみると揚げる前の4倍以上の大きさになっていく様子は、まるで魔法か手品を見ているよう。
職人さんの熟練の技に釘付けになりました。

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お土産にいただいた南関あげ。定番のお味噌汁やいなり寿司だけでなく、様々なお料理に使えるそうです。
海苔のかわりに南関あげを使って作る「南関あげ巻き寿司」は郷土の味。
筍の煮物には相性抜群で、なんとカレーに入れても美味しいとのこと。
水分を極力抜いているため、常温でも約3か月の長期保存が可能。
だしや水分が染み込みやすく、食感はふっくらジューシーなのだとか。お料理するのが楽しみです。

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次に訪れたのは、猿渡製麺所。南関町の代表的な特産品である、南関そうめんを作っています。
全国的に機械化が進んでいる中で、こちらは全ての工程を手作業で行っている、貴重な製麺所です。

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特に、2本の竹の棒を自在に操り、生地を細く細く引き延ばしていく職人技は圧巻。
30センチほどの生地が、最終的には4メートルもの長さになります。
針の穴も通るほど細い、白糸のような南関そうめんが天日干しされている風景は、
今となってはもう、ここでしか見ることができません。(上の写真は、冊子の取材時に撮影したものです。)

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猿渡製麺所の9代目・井形朝香さんと、現在、弟子入りをしている猿渡さんが出迎えてくださいました。
井形さんは81歳になられるそうですが、とてもそうは見えないほど若々しくお元気です。

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そうめん作りには、お天気を読むことが欠かせません。
今は天気の良い日だけ、そうめん作りをしているそうで、
翌日が雨の予報だった今日は、残念ながら作られていませんでしたが、
その分、ゆっくりとお話を伺うことができました。

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小学校3年生の時からそうめん作りを手伝い、70年間この道一筋という井形さん。
南関そうめんの作り方から由来、そして、これまでの並々ならぬ苦労や喜びなども教えてくださいました。

戦時中、そうめん作りを止めるようにと警察に何度連れていかれても、作り続けた祖父の思い出。
子どもの頃、川で遊んでいる友達を横目に、泣きながら手伝いをしていたこと。
家出して逃げ出したいと何度も思いながらも、歯を食いしばって続けてきたからこそ、
今も伝統の技と味が残っているのだという自負。
後継者がいない中、猿渡製麺所の味に惚れ込み、前年から修行に来ているお弟子さんの成長を見る喜び。

「そうめん作りは私の命です」と、井形さんはきっぱり仰います。
自分の一生をかけ、一つのことに打ち込んできたからこそ語ることのできる言葉が胸に沁みました。

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「安政三年」と書かれていたという道具(クレンザーで掃除をしたら消えてしまったらしいのですが…)や、
曾祖母の代から200年間も大事に使われてきた包丁など、置いてある道具にも歴史の重みが感じられます。

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手打ち・手延べで作る南関そうめんはコシの強さが特徴で、茹でて置いていても伸びないのだとか。
一つひとつ手作りのため、大量生産できない希少なものです。
こちらでしか買えない南関そうめんをお土産に購入して、
昼食場所である「特産品センター なんかん いきいき村」へと向かいました。

素晴らしい職人技と天日干しの風景を、参加者の皆さんにご覧いただけなかったのは非常に残念でしたが、
昔ながらの製法を受け継ぎ、自然と真摯に向き合いながら作っているということが、
余計に印象づけられたように思います。
これが機械化されていて乾燥機で乾かすのなら、天候に関係なく、いつでも見られるわけですから…。

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昼食は、うどんとバイキングの2グループに分かれて頂きました。
バイキングは、そのメニューの豊富さにまずビックリ。
塩山食品で教わった、郷土料理の南関あげ巻き寿司や、南関あげ入りカレーなども並んでいます。
どれもこれも美味しくて、胃袋が1つでは足りないくらい…。
皆さん、何度も何度もおかわりへと席を立ち、お腹いっぱい堪能しました。ごちそうさまでした!

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続いては、大牟田市へ。officeTKの田中さんが案内してくださいました。

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長い階段を上り、まず訪れたのは、大牟田の人もあまり来ないという場所。

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ここから見える景色が、昔からある大牟田の原風景だと田中さんは仰います。
反対側の西の方は、江戸時代以降に干拓によってできた土地なのだとか。

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「地名は、その土地の特徴を示しています。では、“大牟田”はどういう意味かご存知ですか?」と田中さん。
「牟田」とは、沼や湿地を表す言葉。つまり「大きな牟田」ということで、この地はかつて、湿地帯だったそうです。
そして、大牟田といえば炭鉱のイメージ。
大牟田の炭層は、古第三紀(6,600万年前〜2,303万年前)にメタセコイアの木が堆積して出来たものだとか。
はるか古代、ここにはメタセコイアが群生していたのでしょうね。
気が遠くなるような遠い時代の情景に思いを馳せました。

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白い鳥居と朱色の社殿が印象的な金比羅神社にも立ち寄り、高台から町並みを眺めながら、
炭鉱で栄えた華やかなりし頃の話などを教えて頂きました。

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大牟田川沿いを歩き、商店街へと向かいます。

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大牟田には、お好み焼きのお店がたくさん。その背景には、悲しい理由がありました。
50年程前、炭鉱での炭塵爆発で400名以上もの方が亡くなるという大事故があり、大牟田には多くの未亡人が…。
彼女たちは生活をしていくため、家の玄関先で、鉄板と粉があればできる商売としてお好み焼き屋を始めたのだそうです。

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銀座通り商店街の中にある大牟田神社で集合写真を撮った後は、しばし自由散策。
今回は写真学科の学生さんたちも参加してくださり、思い思いにシャッターを切っていました。
中にはカメラ3台で臨んでくれた方も!

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途中で、明治時代から続く老舗の和菓子屋「菊水堂」の森さんが、かすてら饅頭を振る舞ってくださいました。

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しかも、特別にクリスマス・バージョン!かわいいトナカイです!

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食べるのがもったいないような気もしましたが…美味しく頂戴しました。ありがとうございました!

実は、菊水堂の森さんには、
記念すべき第1回目のクリエイティブツアー「大牟田レトログラフィvol.1」でもお世話になっており、
実際に作るところを見学させてもらっています。
その時の出来立てアツアツのかすてら饅頭が、これまた格別な味だったそうで…。(とっても羨ましいです!)

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おやつで一服した後は、銀座通り商店街の奴屋さんへ。
こちらで井形知子さんに、下駄の鼻緒かけの実演を見せていただきます。

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下駄や草履の鼻緒の取り替えを行うお店も現在では少なくなってきていますが、
奴屋さんでは開店当初から90年以上も続けているそうです。

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お客さんの足の形に合わせて、履きやすいように鼻緒を調節。

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機械にはできない、こまやかで丁寧な手仕事です。

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素敵な下駄や草履がずらり。
柾目(まさめ)の通った下駄というのが、一番上等な、良い下駄なのだとか。
今ではほとんど作られなくなってきているそうで、
「売らずに大事にとっておいたのよ」と昔のものを見せてくださいました。
下駄の台の表面から歯まで、木目がまっすぐに通っていて、
歯の部分も後から付けたのではなく、一枚の木をくり抜いて出来ています。
私も好きな台と鼻緒を選んで、自分好みの下駄を誂えてみたくなりました。

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再び、商店街を散策しつつ、辿り着いたのは、旧大牟田商工会議所。

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昭和11(1936)年の竣工当時は、地下1階・地上2階建てでしたが、
地盤沈下のため、昭和42(1967)年に地下の部分を埋め立てて改築されたそう。
三池炭鉱と共に歩んできた大牟田の商工史を物語る貴重な建物です。

その他にも、近代日本の発展に欠かせなかった石炭を掘り出していた大牟田には、
当時の繁栄ぶりを示すような素晴らしい造形物の痕跡があちこちに残っているので、
ぜひ見つけていただけたら嬉しいですと田中さん。

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旧大牟田商工会議所の脇の細い道を通り抜けると、そこには「有明商店街 年金通り 低料金」の看板が。
かつては炭坑夫たちで繁盛していた飲み屋街が、今では年金で暮らす高齢者の憩いの場になっているという、
ユニークな商店街です。

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田中さんの地元愛に溢れるお話を聞きながら大牟田のまちを歩くことで、
何気ない風景の中にも、様々な物語が見えてきました。

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最後にエコサンクセンターにて、アンケートの記入と意見交換会。
参加者の皆さんから貴重なご意見・ご感想を頂きました。ご参加いただき、ありがとうございました!

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まるで水を湛えた棚田のように輝く、ソーラーパネル。
有明海に沈む美しい夕陽を目に焼き付けて、大牟田を後にしました。

お話を聞かせてくださった皆さん。
南関町をご案内くださった仁田原さん。
大牟田市をご案内くださったofficeTKの田中さん、市の永江さん。
その他、ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。


モニターツアー〝生業のある風景〟柳川・みやま編 レポート

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

2016年12月13日(火)。
モニターツアー〝生業のある風景〟の第2回目として、福岡県の柳川市とみやま市を巡ってきました。

・第1回目のモニターツアー〝生業のある風景〟荒尾・長洲編(http://creative-tour.fddj.cc/tour_report/3611/

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

最初の目的地は、柳川市の中島朝市です。
まずは中島商店会会長の浦さんに、今までの朝市の歴史と、
現在取り組まれている「中島商店街イノベーション事業」についてお話を伺いました。

170年程前の江戸時代から続いているという朝市。
当時、ここを治めていたお殿様から許されていたお店が5〜6軒と少なかったため、
品物を手に入れるために物々交換をしていたのが朝市の始まりだと言われているそうです。
昔はすぐそばに流れている矢部川の近くで開かれていましたが、
約60年前にこの商店街ができ、ここで朝市が行われるようになりました。
正月三が日以外は毎日営業。有明海沿岸で朝市を毎日開いているところは、ここだけなのだとか。

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空き地となっている場所にも、かつては青果市場があり、
映画館や寿司屋、スナックに小料理屋など色々なお店が軒を連ね、ここで生活すれば、すべてが揃うような状況でした。
しかし、時代と共に段々と空き店舗が増え、今や営業しているのは半分程度。
30年程前までは露天で商売をされている方が40人程いましたが、
現在は高齢化などの影響で10人もいらっしゃらないということでした。

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今、商店街の中にある60坪の古民家をリノベーションし、
中島地区の賑わいを創出する拠点にしていこうという事業を行っています。
「自分の生活のために商売をして稼ぐだけでなく、
地域に住んでいる人やコミュニティの人たちに喜んでもらえることをするのが
自分たちのやらなければならないことだと思う」そう語る浦さんの熱い想いに、感銘を受けました。

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それでは、実際に中島朝市の散策へと繰り出しましょう。

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お天気があいにくの雨で、お店を出されている方も多くはなかったのですが、それでもスーパーなどと違い、
直接お店の方と対面して話をしながら買い物するのは、とても楽しいものです。

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こちらの商店街の方は、とても気さくに声をかけてくださいます。
そして、有明海の新鮮な海の幸がとってもお安い!!

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「1箱でこのお値段!?」とビックリするようなものや、なかなか普段はお目にかかれないようなお魚も並んでいて、
思わず目移りしてしまいます。

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今夜のおかずにと新鮮な魚介類や野菜を購入する人、
「お買い得だったから」とチクワなどの練りものをたくさん手にしている人、
美味しそうなミカンの入った袋を下げている人、
買った車海老を「刺身で食べようか、しゃぶしゃぶにしようか」とほくそ笑んでいる人、
揚げたてのお惣菜で小腹を満たす人など、参加者の方々も思い思いにお買い物を楽しんでいらっしゃいました。

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中島朝市を堪能した後は、漁港の方へと歩いて向かいます。

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川沿いに停泊している海苔漁船。
実はここ柳川は、全国第2位の水揚げ量を誇る、海苔の一大産地でもあるのです。

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続いては、昼食の場所へ。
バスに乗り込む前、柳川市をご案内くださった犬塚さんから「皆さんにどうぞ」とお土産が。
個人的に「朝市で絶対に食べよう!」と意気込んでいたものの、
お店が移転していたため断念した回転焼きではないですか!!
わざわざ買いに行ってくださって、本当にありがとうございました。お心遣いがとても嬉しかったです。

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ランチは柳川のお堀沿いにあるオシャレなお店「紅茶の店リバーフロー」で頂きました。ごちそうさまでした!
お腹いっぱいになった後は、柳川市からみやま市へと移動します。

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次の見学地は、280年以上の歴史を持つ菊美人酒造。専務の江崎さんにお話を伺いました。
福岡県には造り酒屋が多く、その数なんと全国第5位。
70もの蔵元があり、その内の61軒は日本酒蔵で、残りが焼酎蔵だそうです。
福岡の民謡・黒田節で「酒は呑め呑め 呑むならば〜♪」と唄われている酒というのも、もちろん日本酒のこと。
福岡・佐賀・長崎は、だいたい日本酒が主なのだとか。

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ここは水がとても良く、ミネラルウォーターを買う必要がないほど。
そんな矢部川の伏流水を日本酒の仕込みに使うだけでなく、昔は水運にも利用し、長崎までお酒を運んでいました。
坂本龍馬ら幕末の志士たちが長崎の料亭・花月で呑んでいたお酒は、菊美人酒造を含めた、ここ瀬高のもの。
「日本の近代を作ったのは瀬高の酒と言っても過言じゃないんです」と江崎さん。

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先々代の社長の奥様である加代さんは、柳川の詩人・北原白秋の実姉にあたります。
加代さんは93歳というご長寿で、江崎さんも中学2年生の時まで一緒に暮らしていました。
お酒「菊美人」のラベルの文字は白秋のもの。
室内には白秋の直筆の書がいくつも飾られていて、なんだかテレビの『開運!なんでも鑑定団』を見ている気分に…。

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新酒が出来たことを知らせる「杉玉」。「酒林(さかばやし)」とも言うそうです。
ちょうど12月はお酒を作られていなかったのですが、お米を蒸す釜場、仕込み蔵、麹室などを見せてもらいながら、
酒造りの方法を教えていただきました。

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煉瓦造りのとても古い麹室。断熱材として籾殻が使われていて、中は冬場でも34度くらいに保たれています。
麹作りは泊まり込みで、しかも4月中旬まで休み無しの大変な作業とのこと。

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「秋洗い」という言葉があるそうで、秋に蔵や道具の掃除をします。
殺菌は昔ながらの柿渋を使って。不思議なことに、柿渋のにおいはお酒につかないのだとか。
今となっては作る職人もいなくなった大きな木桶や斗瓶なども大切に使われていました。
蔵人の歌う「酒造り唄」も、昔々のお話ではなく、今も実際に歌いながら作業をしているそう。
みんなで唄を歌うことで、作業時間を測ることができ、かき混ぜる時の櫂(かい)を入れる調子も揃うからです。

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お酒を絞る槽場(ふなば)。
舟の形をした水槽(みずぶね)と責槽(せめぶね)を使い、普通酒まで全部これで絞っています。
冬の冷たさの中、酒袋にもろみを入れて手作業で積んでいくのは、とても辛い仕事。
それでも自動圧搾機を使わないのは「手間をかければかけるほど、酒は美味しくなる」という信念があるからこそ。

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黙々と瓶詰め作業をされていました。
こちらでは現在8人で酒造りを行っていて、だいたい35日から45日かけて日本酒が出来上がるそうです。

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ラベル貼りも1本1本、手作業で。
受け継がれてきた知恵や伝統の技、そしてこの味を守り、本当に良いものをつくっていかなければならないという決意が、江崎さんのお話から伝わってきました。

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「日本酒は四季で味が変わるのが面白い」と江崎さん。
春はフレッシュで荒々しい味、夏になるとだいぶ落ち着いてきて、夏越えすると熟成が増す。
「食欲の秋」と言いますが、秋になるとお酒も美味しくなるとのこと。
そして、お酒の試飲もさせていただきました。
柳川の甘辛い魚の煮付けにも負けないような、どっしりした味。生野菜が合うような、スッとした味…。
ちょっぴりホロ酔いになりながら、気に入ったお酒をお土産に買って、最後の目的地へと向かいます。

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到着したのは荒木製蝋。櫨(はぜ)の木から蝋(ろう)を作っている、全国でも珍しい会社です。
エフ・ディが出版している『ちくごの手仕事』や『littlepress』でも取材をさせていただいています。

社長の荒木さんにご説明いただきながら、工場内を見学しました。
ウルシの仲間である櫨。その実から抽出されて出来る蝋を木蝋(もくろう)と呼びます。
最近では目にすることも少なくなった、和ろうそくの原料でもあります。
その他、化粧品や医薬品、文房具などの原料にも。

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「櫨の実の果肉部分と種、どちらから蝋が取れると思いますか?」と荒木さん。
てっきり種からだと思ったのですが、正解は果肉の方。

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抽出した蝋を器に入れて冷しているところ。
生蝋(きろう)と呼ばれる状態のもので、緑がかった色をしていますが、天日に干すと、自然に白く変化します。

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昔は天日に干す作業を農家の方にお願いしていましたが、高齢化や後継者不足のため難しくなり、
止むを得ず、こちらでハウスを利用して干すようになりました。
完全に漂白するのに、夏で35日くらい、冬で2ヵ月から3ヵ月かかるそうです。

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毎朝、裏表を返さなければなりません。蝋を広げるこの道具も手作りされていました。
天日漂白した蝋を精製加工した白蝋(はくろう)は、
京都の舞妓さんの白粉下地や相撲力士の鬢付け油などにも使われます。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

機械の修理も自分たちで。

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和ろうそくの芯は糸ではなく、い草と和紙と絹で出来ているそうです。
2016年の大河ドラマ『真田丸』では、きちんと和ろうそくが使われていたと仰る荒木さん。
石油のパラフィンから作られる一般的なろうそくと違い、
和ろうそくの炎は、形がきちっと尖っていてボヤけていないので、本物かどうかは見れば分かるそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

まるで生き物のように揺らぐ和ろうそくの炎に、思わず感嘆の声が漏れます。
実際に火をつけたところを見るまで、炎がこんなにも大きく、このように揺らめくものだとは知りませんでした。
「まさに髙島野十郎の絵『蝋燭』そのものですね!」という声も。

Report モニターツアー「生業のある風景」柳川・みやま編

櫨蝋は本当に良いものだから、その魅力をぜひ知ってほしい…そんな想いが荒木さんの言葉から感じられました。
家へ帰ったら、お土産に購入した和ろうそくに火を灯し、炎の揺らめきを眺めながら、
日本酒を片手にリラックスタイムを楽しみたいなと思います。

途中、バスの車窓から櫨の並木を眺めつつ、道の駅みやまへ。
みやまの特産品を買い込んだ後は、意見交換会です。参加者の皆さんから貴重なご意見・ご感想を頂きました。
ご参加いただき、ありがとうございました!

お話を聞かせてくださった皆さん。
柳川市をご案内くださった犬塚さん。
みやま市をご案内くださった松尾さん。
その他、ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。


モニターツアー〝生業のある風景〟荒尾・長洲編 レポート

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

柳川市・みやま市・大牟田市・南関町・荒尾市・長洲町の6市町について、
「生業のある風景」という視点でご紹介する冊子を以前、制作させていただきました。

・冊子「生業のある風景。」B6判・32ページ(http://f-d.cc/blog/archives/1519

たとえ華やかな観光地や唯一無二の絶景などが無くとも、
そこには自らの生業に向き合い、喜びも哀しみも織り交ぜながら、
日々の営みをひたむきに積み重ねている人たちがいます。
そうした風景に改めて眼差しを向けた時、ありふれてみえるものの中に、
大切な何かがあるのではないかと気付かされました。

そこでモニターツアーを開催し、このまちを「生業のある風景」というテーマで実際に見て、聞き、食べ、歩いた時、
どのように感じられるのか、参加者の皆さんにご意見を伺うことに。
2016年12月9日(金)、第1回目のツアーとして熊本県の荒尾市と長洲町を訪れました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

まず最初に向かったのは、荒尾市の小岱山。この地で30年以上、ミカン畑を営んできた安永さんにお話を伺います。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

ここから季節ごとに変わる景色を見つめてきた安永さん。
早朝、山から眺めていると、気流が停滞しているところなどが分かるそうです。
地形を読み、自然の移り変わりを見極めてきた経験から紡ぎ出されるお話は、どれも興味深いものばかり。
話題はミカン作りに適した土地のことから、
住宅を構えるならばどのような場所が良いのか?といった内容にまで広がりました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

「皮の厚いミカンは“スマイルカット”にすると良いよ」と言いながら、実際に切って試食させてくださいます。
瑞々しくジューシーで、その甘さの爽やかなこと!美味しくて、ついつい手が伸びます。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

大きいミカンはあまり人気がないため、値段も安いのだとか。
「そういうミカンはね…」と、半分にカットしたミカンを豪快に絞って、
混じり気なしの100%ミカンジュースにする安永さん。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

その大胆な作り方に驚いたものの、綺麗なオレンジ色で、とっても美味しそう!
「こうやって食べ方を伝えるのも大事なこと」だと仰っていました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

さらに目を引いたのは、まるでフグの薄造りのようにスライスして美しく並べられた柿。
また、1週間でできる「たくわん」の作り方や、柚子の意外な使い方なども教えてくださいました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

色んな人と出会う中で、様々なことを教えてもらったり、学んだり、それをまた人へ伝えたり。
そういう出会いと楽しみがなければ、きつい仕事で、なかなか後継者も育たない中、
農家は続けられないよと安永さんは語ります。
そして、ここの澄んだ空気と美しい風景があるからこそ、頑張れるのだと。
これからもっと寒くなると、雲仙岳の霧氷がキラキラ輝く様子まで、肉眼で見えるのだそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

「皆さんに美味しい果物を食べてほしい」という思いで、味の向上から食べ方に至るまで、
研究と努力を惜しまない姿にとても感動しました。
まだまだお話を伺いたかったのですが、時間切れに。最後にお土産まで頂いて、次の目的地へと向かいます。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

続いて、ミカン畑から程近い場所にある、ふもと窯へ。
2003年に国の伝統的工芸品に指定された小代焼の窯元の一つです。

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立派な登り窯を前に、焚き上げ方や薪のこと、粘土のこと、小代焼の特徴など、色々なお話を伺いました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

温度計を使わず、ゼーゲルという道具を使って窯の中の温度を確認すること。
一度にどの位の薪を使い、その薪はどのように入手するのか。
初めて聞くような内容に興味津々、参加者の方からも沢山の質問が飛び出します。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

ここで実際につくられた小代焼の作品や、昔の古小代の器なども見せていただきました。
素敵な作品の数々に囲まれて「この器だったら、どんなお料理を盛りつけようかしら」と、楽しい想像も膨らみます。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

次の見学地は、九州荒尾オリーブ村。理事の上園さんが園内を案内してくださいました。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

2010年に荒尾市でオリーブが栽培されるようになり、現在では約2トンの実を収穫しているのだとか。
荒尾市はトスカーナの気候風土とよく似ていて、オリーブの栽培に向いていたそうです。

Report モニターツアー「生業のある風景」荒尾・長洲編

ここにはトスカーナから持ってきたオリーブの苗木が15,000本ほども植えられています。
理想的な樹形にする方法、ゾウムシとの戦い、自家受粉しにくいので2種類以上の品種を植えないといけないこと、
実がなりはじめるのは6年目からで、しっかりと実がつくようになるには10年もかかること…等々。
上園さんのお話から、様々な苦労と工夫を重ねながら、一歩一歩、着実に前へ進んでいる様子がうかがえました。

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園内にあるショップ「風の丘」で、まだ生産量も少ない、ここで作られた貴重なオリーブオイルや新漬け、
オリーブ茶などを試食させてくださいました。
今年収穫したオリーブをそのまま絞った、まさに“オリーブジュース”とも言うべき高品質なオリーブオイル。
そのフレッシュな本物の味を堪能し、お土産も購入して、オリーブ村を後にしました。

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荒尾市での最後の目的地、本田観光梨園へ。こちらで昼食も頂きます。

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鴨梨(ヤーリー)という中国原産の梨の木の前で、本田さんからお話を伺いました。
この鴨梨の樹齢はなんと100年!荒尾梨の歴史が始まったのと同じ頃に植えられたものだとか。
日本梨は60年以内に枯れてしまうので、樹齢100年もの梨の樹があるのは、おそらく九州ではここだけではないかと。

荒尾ジャンボ梨(新高梨)といえば、その大きさが有名で、1つの実が2キロ近くになるものも。
しかし、それだけ立派なものを作るためには、やはり代々継承してきた技術が必要なのだと仰っていました。

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冬の間は何もしていないと誤解されがちですが、12月からは剪定という作業が待っていて、
上に伸びている枝を、春までに全部切ってしまわなければなりません。
1本の木で約300もの枝があり、それを一つひとつノコで落としていくので、1日の作業で、せいぜい4〜5本。
すべてを終えるのに3ヵ月はかかります。
4月になると花粉付け。めしべに1本でも花粉がつかなかったら丸い梨はできないため、10日間で花粉を2回つけてまわり、
その花粉さえも自分たちで作っているそうです。
実がなれば袋をかけ、草を取り…と、することは山ほど。
「美味しかろうと美味しくなかろうと、どの梨にも1年という時間がかかっているのです」と本田さん。
しかも、大きな台風などが来て、せっかくの実が落ちてパーになってしまうことも…。
自然という人間がコントロールできないものを相手にする仕事の大変さをまざまざと感じました。

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「寒いので、まずは温かい飲み物をどうぞ」と出してくださったのは、高級な荒尾梨100%のストレートジュース。
しかも、ホットで!温かい梨ジュースなんて初めて飲みましたが、これがすごく美味しくてビックリしました。
手作りのため30本ほどしか作れず、すぐに売り切れてしまうそうです。

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続いて、梨・オイル・酢・塩コショウで作った特製の梨ドレッシングで頂くサラダ。
10分もすれば変色してしまうため保存がきかないドレッシングは、その場でミキサーにかけて作った出来立てのもの。
新鮮なお野菜とよく合います。
「もしも買った梨の糖度が低かったら、スライスしてサラダに入れるのも良いですよ」とのこと。

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メインは梨カレーです。
梨の果肉に果汁、ジャムも入った優しい甘さのカレーは、小学生のお子さんでもペロリと完食するのだとか。

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そして、もっとも衝撃を受けたのが、このデザート!!

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大きな梨をくりぬいて作った器に、冷たい梨のジェラートと温かい梨の果肉。
さらにその上にバターを乗せてフタをして、しばし待つとバターがとろけて…。
お好みでシナモンをふりかけて頂くと、その美味しさと言ったらもう!
今回、特別に作ってくださったデザートで、いつでも食べられるわけではないそうです。
ごちそうさまでした!

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ラ・フランスのような形をした鴨梨の実をお土産に頂きました。
「“長寿の梨”を食べて長生きして、最終的には荒尾に移住してきてね」という本田さんの言葉に見送られながら、
長洲町へと移動します。

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まずは金魚の館で、金魚マイスターの尾上さんから、長洲金魚について教えて頂きました。

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その後は、中島養魚場へ。この道70年、91歳になる大ベテランの中島さんにお話を伺います。

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特に目を奪われたのが、ピンポンパールという金魚。ピンポン球のようにまん丸で愛くるしい姿はインパクト大です。
なかなか育てるのが難しく、こんなに大きなものは滅多に見ることができないそう。
中島さんの熟練の技によるものなのでしょう。

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うまく育てれば、金魚は30年、そして鯉は100年も生きるのだとか。
金魚を育てる上で一番注意しなければならないことは餌のやり過ぎで、
夕方から夜にかけては餌をあげてはいけないと教わりました。

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ゆらゆら泳ぐ美しい金魚はいつまで見ていても飽きることがありません。

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いよいよ最後の見学地、ミニトマト農家の元村さんのところへ。

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温かいハウスの中に入ると、水玉模様のように赤色とキミドリ色のミニトマトがずらりと。
その様子が可愛らしくて、シャッターを切る音が響きます。
味見をさせて頂いたのですが、採れたて新鮮なミニトマトって、こんなに美味しいんですね!

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農家の方から直にお話を聞くことで、今まで知らなかった農業の実情も知ることができました。
ミニトマトの品種は世界中に300種類ほどもあること。
枝のどこに付いている、どんな粒のミニトマトがより美味しいのか。
受粉させるために1匹500円もするオランダの蜂を購入していること。
ミニトマトは温度管理が難しく、最近の気象の変化に対応するのも大変なこと…。
これだけ手間ひまがかかっているのに「割れたら商品として1円のお金にもならない」という言葉に、
日頃、何気なく手にしている品物は、まさに生産者の方々の努力と苦労が結実したものなのだということを改めて実感。
当たり前に思って、つい忘れがちな感謝の念を新たにしました。

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最後に金魚の館へ戻り、参加者の方々との意見交換会。貴重なご意見を頂戴しました。
今回のツアーで出会った人たちに、また会いに行きたいと口々に仰っていた皆さん。
自らの生業に誇りを持ち、仕事を通して培ってきた知恵や工夫を生き生きと語られる姿は、本当に魅力的でした。
生業のある「風景」を生み出しているのは、やっぱり「人」なんですよね。
参加者の皆さんにも楽しんでいただけたようで良かったです。ご参加いただき、ありがとうございました!

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今回は、行く先々で猫に出会ったツアーでもありました。
オリーブ村の、とても人懐っこい看板猫のオリーブにゃん。梨園の接客担当の猫ちゃんたち。
長洲町では猫を見かけなかったなぁと思いきや、金魚の館で行われていたイベントが「招き猫inながす」とは…。

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お話を聞かせてくださった生産者の皆さん。
荒尾市でガイドを務めてくださった「荒尾のまち案内人」の馬場さん。
長洲町をご案内くださった磯野さん、福田さん。
その他、ご協力くださった皆さん、本当にありがとうございました。