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「池島レトログラフィ vol.4」ツアーレポート&フォトギャラリー

日々刻々と変わりゆく池島の姿を毎年撮っていこう。
そんな想いで訪れる池島レトログラフィ。

「アジサイが物語る人々の暮らし・炭鉱の島の“現在”を歩く」と題し、
アジサイの咲く季節に行くことにしています。
草木が生い茂る廃墟の中に、ふわっと浮かび上がるアジサイの花…。
そこに、かつて住んでいた人々の気配が感じられるからです。

池島レトログラフィ

2016年6月12日(日)。
4回目となる今年は、総勢24名で池島の「いま」に会ってきました。

今回、なんとクリエイティブツアーへのご参加が10回目となる方が2名もいらっしゃいました!
バスの中で、ささやかながら記念品の贈呈。
Eさん、Yさん、いつもありがとうございます。^^

池島レトログラフィ

梅雨らしく、そぼ降る雨にけむる池島。
雨のしずくを湛えて、しっとりと瑞々しく咲き誇るアジサイ。
建物を飲み込まんと枝葉をのばす緑も、水を得て生き生きと。
自然の濃密な生命力が、辺りに満ちみちています。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

雨降りの撮影は大変でしたが、普段であれば、なかなかカメラを持ち出そうとは思わない状況の中、
いつもとは違う1枚が撮れたのではないでしょうか。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

少しずつ施設が解体・撤去され、変わってしまった景色もあれば、昨年と同じように出迎えてくれる風景も。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

ボリュームたっぷりで、どこか懐かしい味のする、かあちゃんの店のトルコライスは安定の美味しさでした。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

そして、新しい生命との出会い。

池島レトログラフィ

池島を巡った皆さんの胸には、一体どのような想いが去来したのでしょうか。

池島レトログラフィ

参加者の皆さん、雨の中、大変お疲れ様でした。
ご参加いただき、本当にありがとうございました!
ぜひまた来年もご一緒に、池島の「いま」に会いに行きましょう。

 

ツアー行程のもっと詳しい内容については、過去のツアーレポートをご覧くださいませ。

「池島レトログラフィ vol.3」ツアーレポート

「池島レトログラフィ vol.2」ツアーレポート

 

 

池島フォトギャラリー

クリエイティブツアーに参加される方は、カメラ好きの人がとても多いです。
他の方々が、何に心を動かされ、シャッターを切っていたのか、どんな写真を撮っていたのか、
ちょっと気になりませんか?
そこで、参加者の皆さんが池島で撮られたお写真をここでお披露目してはどうかと考えました。
今回初の試みであるプチ・フォトギャラリー。
素敵なお写真を投稿していただきましたので、どうぞお楽しみください。
講師の石川博己による一言コメント付きです。^^

 

【1】M.Eさん 男性(Nikon D60 /digital)

池島レトログラフィ

『 雨 』

1年目の霧の池島、「過去と現在が入り乱れる島」と称したイメージがとても強く残っていて、
去年の綺麗に晴れた池島はなぜか余り現実味がなく、
そして今年の雨の池島はとても色鮮やかに、この3年間で最も「現在」を感じました。

〈石川コメント〉

大きな葉にころんと転がる水滴、躍動感がありますね。
「現在」の池島の生命力を感じる一枚です。

 

【2】K.Mさん 女性( /digital)

池島レトログラフィ

『 それでも猫は 』

足早に去っていく猫を見て、変わってしまったのは人間の暮らしだけなんだと改めて思いました。
植物や建物が雨で濡れていたほうが、写真に納めた時に池島の雰囲気が伝わる気がしました。
雨も良いものです。

〈石川コメント〉

人はいなくなってしまっても動物たちにとっては我関せずですね。
緑を背景に撮られた猫の構図はすばらしいですね。穏やかな気持ちになる一枚です。

 

【3】T.Mさん 男性(Rolleiflex minidigi AF5.0 /digital)

池島レトログラフィ

『 no title 』

自分はカメラらしいカメラもなかったのですが、問題なく受け入れていただき大変嬉しかったです。
なかなか始められなかったカメラへのきっかけになりそうな気がしています。

〈石川コメント〉

ちょっと怖い感じの雰囲気ですが、ここが一番印象に残ったようですね。
確かに僕も最初見た時は「うわっ」と思いました。これからもぜひ写真撮ってください!

 

【4】M.Nさん 女性(Canon EOS Kiss X4 /digital)

池島レトログラフィ

『 残しておこう 』

亡き父が炭鉱夫として働いていた池島。
いつ、どのくらいの間働いていたのかはわからないけれど、私にとっては亡き父の足跡を辿る思いでした。
沢山の人が暮らしていた証が年月と共に少しずつ無くなっていく。消えてしまう前にその証を残しておきたい。
そんな気持ちで撮りました。
雨だからこそ撮れた1枚だと思っています。

〈石川コメント〉

この道もお父さんは歩いていたんでしょうね。
水たまりに写った景色がさらに遠い過去を映しているようです。

 

【5】H.Tさん 男性( /digital)

池島レトログラフィ

『 新築 “みどりの蔦アパート” 』

今まで踏み入れたことのない地へ行けたことに誠に感謝しております。

〈石川コメント〉

初めて来た人はみなさんこの自然のすごさを目の当たりにしてびっくりします。
「すごいなぁ〜」という感動がそのまま写真になってますね。

 

【6】S.Yさん 男性(Canon EOS 650 /film)

池島レトログラフィ

『 大きな紫陽花にビックリ!! 』

始めいろいろ見ながらアパート群の真ん中に大きな紫陽花にビックリ…
うちも炭鉱のあとに咲いてる紫陽花も大きいと思ったのに遥かその上を…
人が居なくなっても咲き続ける紫陽花を見て涙が出ました!!

〈石川コメント〉

荒廃した建物は自分を引き立たせる背景だと言わんばかりに咲き誇っていますね。
下からの構図がさらに存在感を強調しています。

 

【7】M.Mさん 女性(OLYMPUS PEN E-PL6 /digital)

池島レトログラフィ

『 そんなに近づかれると… 』

今まで動物の写真を近づいて撮ろうとすると、一目散に逃げられたり
タイミングがつかめず撮れないということがありましたが、
池島の猫は人が来てもこのようにじっとしている状態が続いていたのでびっくりして撮った一枚です。
もうちょっと猫の目線で撮れたら良かったなと思いました。

〈石川コメント〉

猫に勝る被写体なし、です。

 

【8】C.KOさん 女性(Nikon D3100 /digital)

池島レトログラフィ

『 池島の今を生きる 』

炭鉱アパート内、一本入った脇道で出会った猫。
道の真ん中に座りこちらを見つめてくるこの子を追えば、大きなアジサイが咲いていました。
まるで、ここにアジサイがあるよと教えてくれているんじゃないか、
そう思ってしまうほど、池島は神秘的で不思議な雰囲気を感じさせます。
人間が作り出したものを簡単に呑み込んでいく自然の残酷さには、ただただ圧倒されるばかりでした。
開いたままの窓や乗り捨てられた車、廃墟となって15年も経つのに、
つい最近まで人がいたようなどこか生々しい感じを怖く思う反面、とても魅かれます。
力強い自然も、朽ちていく廃墟も、来年はどうなっているのか、またこの目で確かめたいと思いました。
ありがとうございました。

〈石川コメント〉

絵画のような構図ですね。これ以上ない猫らしい姿。
フレームから落ちてくるような右のあじさいと左の猫の位置関係、完璧です!

 

【9】K.Sさん 男性(Canon 60D /digital)

池島レトログラフィ

『 共存 』

当時の記憶が止まったままの場所。
そこに覆いかぶさるように伸びていく自然と時間の流れ。
別々の時間が共存するように見える場所でした。

〈石川コメント〉

あじさいに目をやるとそこには猫が。
猫が入るともう何も言うことなしです。

 

【10】A.Yさん 女性(SONY Cyber-shot DSC-RX100 /digital)

池島レトログラフィ

『 no title 』

五島からの参加で、写真のこともよく知らず、不安で一杯でしたが、
先生をはじめ、参加者の皆さんが気さくで親切で、とても楽しく過ごすことができました。
皆さんありがとうございました。

〈石川コメント〉

道がきれいに清掃されているのも池島らしさ。この一枚はなるほど!と思いました。

 

【11】S.Iさん 男性(Leica Z2X /film)

池島レトログラフィ

『 過去への扉 』

クリエイティブツアー初参加になります。
池島では過去との繋がりを表現したいと思っていましたが、
なかなか思うようにシャッターを切ることが出来ませんでした。
普段から、雨の日にわざわざ出かけて撮影をしたことがなく、どう撮っていいのか全く分からなかったからです。
戸惑いながら歩いていた時に目に留まったのが、この水たまりです。
この水たまりに踏み込んだら、かつて賑わってた頃の池島にタイムスリップ出来そうな気がしましたので、
シャッターを切りました。
写真講座、クリエイティブツアーで、テーマを決めて撮る難しさを実感しました。
また、機会がありましたら参加したいと思っています。

〈石川コメント〉

モノトーンの表現に「炭坑」感がありますね。
建物の角度とアスファルトの白い線が同じ角度で、アートのような一枚ですね。かっこいいです。

 

【12】C.KAさん 女性(Nikon FE /film)

池島レトログラフィ

『 no title 』

今年はあいにくの雨で移動も散策も大変でしたが、去年とは違った池島を見ることができて良かったです。
是非また次回も参加したいと思います!よろしくお願いします!

〈石川コメント〉

あーこの色はいいですね。好きなトーンです。
ふわっと霧のような水蒸気まで写っています。

 

【13】Y.Hさん 女性(Leica D-LUX3 /digital)

池島レトログラフィ

『 空とわだち 』

池島の郷地区を歩く。今は誰も住んでいないけれど、かつてはメインストリート。
雨粒がどんどん大きくなった。打ちつける音も大きくなった。
下向き加減で通りをすすみきったところに、ふと視界にはいったわだち。
追いかけると妙に明るい雨空が続いている。不思議な安堵感。
かつて一日の労働を終えた池島の鉱員さんたちも、空をみた時にそう感じたかもしれないと思った。

〈石川コメント〉

目に見えないものを写し取った一枚ですね。意味のある写真ですね。

 

【14】M.Yさん 女性(FUJIFILM X-T1 /digital)

池島レトログラフィ

『 no title 』

雨でしたがしっとりとしたあじさいがとてもキレイでした。

〈石川コメント〉

多重露光のような2枚の景色がひとつになった写真ですね。
彩度の低いトーンが静かで美しい印象になっています。うまいですね。

 

*お写真を投稿してくださった皆さま、本当にありがとうございました!


「肥薩レトログラフィ vol.2」ツアーレポート

夏の終わりに、ノスタルジックな鉄路「肥薩線」を巡る旅へと行ってまいりました。

肥薩線とは、熊本・宮崎・鹿児島の南九州3県を縦貫する唯一の鉄道。
沿線には豊かな自然と、近代化の過程で日本が失ってきた様々なものが残る、魅力的な鉄路です。

球磨川の清流に沿って走る八代駅~人吉駅間は「川線」と呼ばれています。
本ツアーでは川線の鉄道遺産や沿線遺産などを見学します。

肥薩レトログラフィは2回目となりますが、前回よりも見学ポイントを絞り込み、
一つひとつをよりじっくりと見学できるように行程を見直しました。
(それでも盛り沢山なのですが…^^;)

肥薩レトログラフィvol.2

このクリエイティブツアーはデザイン塾の校外セミナーとして行っており、
参加者には教材として冊子を配付しています。
ツアーで巡る場所について、歴史などの説明文と豊富な写真でご紹介するこの冊子。
1ページ1ページ丁寧に折って重ね、手製本で作っているんですよ。(冊子制作についてはコチラをご覧ください。)

それではツアーの模様をレポートいたしましょう。
今回のツアーレポートの写真は、三笠秀行さんに撮影をお願いしました。

肥薩レトログラフィvol.2

2015年8月30日(日)。早朝7:30に出発です。
毎度おなじみ、伊都バスさんにお世話になります。
バスに乗り込み、熊本へと出発ー!

肥薩レトログラフィvol.2

車内では、エフ・ディ代表の石川のご挨拶に始まり、スケジュールのご説明、参加者の皆さまの自己紹介など…。
今回はクリエイティブツアー初参加の方がほとんど。
なんと、大分から前乗りでご参加の方もいらっしゃいました。
福岡県立美術館で開催したクリエイティブツアー写真展を見て興味を持ってくださったのが
ご参加のきっかけとのこと。
嬉しい限りです。^^

肥薩レトログラフィvol.2

さぁ、一つ目の見学ポイント、深水発電所が見えてきました。
しっとりと水分を含んだ空気のなか、濃い緑のグラデーションを背景に佇む赤煉瓦の建物は
絵画のように美しいです。

肥薩レトログラフィvol.2

皆さん、思い思いの場所にカメラを向けて切り取っています。

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

クリエイティブツアーにご参加くださる方はカメラ好きの方がとても多いのですが、
もちろん、写真を撮らない方のご参加も大歓迎ですよ。

肥薩レトログラフィvol.2

続いては、樹々の深い緑とのコントラストが美しい、あの赤い橋を歩いて渡ります。

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩線では、木造の駅舎や線路、橋梁、そしてトンネルなどの沿線施設が、
明治の開業以来の姿を留め、1世紀の長きにわたり現役で利用されています。

肥薩レトログラフィvol.2

今を遡ること100年以上前の1909(明治42)年、肥薩線は全線開通しました。
険しい山岳ルートのため、歴史に残る難工事だったといいます。
道なき山に作業用の道路を開き、人馬の力で資材を運搬したそうです。

また肥薩線は、崖崩れや大水害による駅舎の流失など、自然災害によく悩まされた線だったとか。

実際にツアーの数日前、大型の台風15号が九州に上陸し、
その影響で倒木や崖崩れが起こり、列車はツアー当日も不通のままとなっていました。
現在のような大型の機器なども無かった時代の苦労が忍ばれます。

この鉄路が1世紀を経た今もなお現役で活躍できているのは、
保守点検や修繕など、こまめに手入れをされてきたからこそでしょう。
その開通から現在に至るまで、人々の苦難と努力の物語が数多く刻み込まれています。

肥薩レトログラフィvol.2

お昼ご飯は、道の駅さかもと館でお弁当を準備していただき、皆さんで一緒に頂きました。

肥薩レトログラフィvol.2

日本国内で初となる、本格的なダムの撤去工事が行われている荒瀬ダムを見学。

肥薩レトログラフィvol.2

続いては、球磨川第一橋梁へ。
ここで、人吉鉄道観光案内人会の立山勝徳会長と合流しました。

肥薩レトログラフィvol.2

立山会長と、会の中では青年部の若手という“幸ちゃん”こと平川幸一さん。

肥薩レトログラフィvol.2

立山会長は、国鉄のOBで、SLの機関士をされていた方。
前回のvol.1の時にも人吉機関区車庫を案内していただいたのですが、
今回はこの球磨川第一橋梁から一日案内してくださることに。
人吉市の方が掛け合ってくださり、急遽ツアー前日に決まったのです。

その豊富な知識と経験から紡ぎ出される言葉の数々は、本当に興味深いものでした。

肥薩レトログラフィvol.2

台風の影響で列車が不通となって、たった数日でこんなにも草が生えてしまうのだとか。
植物の生命力にも驚かされます。
通常とは違う風景を見られたことは幸運でした。

肥薩レトログラフィvol.2

レトロな雰囲気の木造駅舎、白石駅へ。

肥薩レトログラフィvol.2

とても静かな場所ですが、かつては駅前に旅館なども建っており、とても賑わっていたんだとか。
「昔は構内のこの辺に売店があったんだよ」等々、往時の話を立山会長から伺います。

肥薩レトログラフィvol.2

古い映画の中に入り込んだような、ノスタルジックな気分に。

肥薩レトログラフィvol.2

お次ぎは球泉洞へ。
ドームが連なる不思議な建物・森林館を球磨川の対岸から見る予定だったのですが…。

肥薩レトログラフィvol.2

台風の影響で、川を渡るコウモリ橋のロープが切れてしまったため立入禁止に。
車で回れば行けるけれども、道が細いのでバスでは無理とのこと。
ショック…!
気を取り直し、球泉洞の鍾乳洞に行くことにしました。

肥薩レトログラフィvol.2

あまりの涼しさにビックリ。よかトピアの南極館を思い出しました…。

肥薩レトログラフィvol.2

前日の集中豪雨の影響で地下を流れる川の水量も増して、勢い良く水しぶきを上げており
かなりのアドベンチャー感に、私の頭の中ではずっと「インディ・ジョーンズ」のテーマ曲が流れていました。

肥薩レトログラフィvol.2

なかなか普段では体験できないことを経験できて良かったなぁと思っていると、
球泉洞の職員の方が、なんと車を3台、出してくださることに!
おかげで、当初の予定通り、球磨川の対岸から森林館を見ることができました。
本当にありがたかったです。

肥薩レトログラフィvol.2

しかも、本来であれば、かなりの山道を歩いて橋を渡って…と、往復するのは結構大変なのですが、
車で楽チンに辿り着けて…感涙ものでした。

肥薩レトログラフィvol.2

「槍倒しの瀬」も案内してくださいました。

肥薩レトログラフィvol.2

球泉洞を後にし、お次は球磨川第二橋梁へ。

肥薩レトログラフィvol.2

ラフティングを楽しんでいる方達にマイクで声をかける立山会長。

肥薩レトログラフィvol.2

実はこの場所、今回初めて来ました。
立山会長の案内のおかげで、球磨川第二橋梁を間近に見ることができました。
さすが、地元の方です。

肥薩レトログラフィvol.2

お土産屋さんに寄った後は、最後の見学地、人吉機関区車庫へ。

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

とてもフォトジェニックな場所なので、皆さん、かなりシャッターを切られていました。

肥薩レトログラフィvol.2

この人吉機関区車庫、一部撤去が決まっているそうです。
今のこのままの雰囲気を見られるのは、今回が最後でしょうとのこと。
本当に貴重な機会となりました。

肥薩レトログラフィvol.2

機関庫の横にある転車台。重たいSLを方向転換させるためのものです。
全国各地で姿を消しつつあり、今や貴重な存在となりました。
昔は何らかの不具合があった時、人力でこの転車台を動かしていたそうです。
雨が降って水が溜まった時なんかは、そりゃあもう最悪だったとか。

転車台の隣りのSL館には、蒸気機関車に関する様々なものが展示してあり、
立山会長が説明してくださいました。

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

肥薩レトログラフィvol.2

…本当に色んなものが展示されていました。

肥薩レトログラフィvol.2

展示室のお隣には、投炭練習を体験できる場所が。

肥薩レトログラフィvol.2

まずは立山会長にお手本を見せていただきます。
とても御歳80歳とは思えない、パワフルな身のこなしに圧倒されます。

肥薩レトログラフィvol.2

続いて参加者も挑戦!
「なかなか筋が良い」と褒められました。^^

肥薩レトログラフィvol.2

立山会長が仰るには、蒸気機関車というものは「とても動物的なもの」だそうです。
蒸気機関車というのは、車内で石炭を燃やすことで、自分で燃料となる蒸気を作っている。
機関庫で停まっている時も石炭を燃やし、蒸気が循環し続けているところは、
動物が眠っている時にも血液が循環し、呼吸を続けているのと一緒。
そして、石炭の良し悪しや機関車の調子などで状態が変わり、個性がある。
そんなところが、生き物のように感じるところだそうです。

肥薩レトログラフィvol.2

一日かけて、見学地の場所ごとに、またバスの車内でも、素晴らしいお話を聞かせてくださった
立山会長、そして平川さん、本当にありがとうございました。
経験者だからこそ語れる生きた言葉に、深く感銘を受けました。

肥薩レトログラフィvol.2

ドンドンドン♪
太鼓の音が鳴り響き、軽妙な音楽とともに、人形がユーモラスに踊り出します。

肥薩レトログラフィvol.2

最後に人吉駅前のからくり時計を見て、福岡への帰途につきました。

肥薩レトログラフィvol.2

一日安全に運行してくださった福岡伊都バスの越路さん、ありがとうございました。

肥薩レトログラフィvol.2

そして参加者の皆さま、ご参加いただき本当にありがとうございました!

今回はクリエイティブツアーにしては珍しく、いや初めて(?)
余裕をもってスケジュールを進めることができました。
皆さまのご協力に感謝申し上げます。

台風の影響を心配しておりましたが、行程もすべてクリアでき、大雨に降られることもなく
無事にツアーを終えられたので、安心いたしました。
多くの方々にご協力をいただき、たくさんの幸運に恵まれたツアーだったなと思います。

肥薩レトログラフィvol.2

帰りの車内で皆さまから感想を頂きました。

「ツアーに参加するまでは特に電車に興味は無かったけれど、会長さんの説明を聞いていると興味がわいてきて、
感動する場面もありました。」

「自分では行けないような場所に連れていってもらえて、色々なものを見られて良かったし、
道中、皆さんとお話しできて、すごく楽しめました。」

「本物のチカラはすごいと思いました。一夜にして作り上げることはできない、歴史の重みを感じました。
運良く残ったと言われていましたが、残って良かったと思います。」

「地元の方の、観光客を大事にしよう、文化を伝えようという気持ちが伝わってきて、とても良い旅ができました。」

「行程にゆとりがあったため、ゆっくりと撮影ができて良かったです。」「フィルムを現像するのが楽しみ。」

「写真という同じ目的を持った人達と一緒に一日を過ごせて、今までにない刺激をもらえました。」

「一人で参加して不安だったけど、ほとんどの方が一人で来られていたので安心しました。」

「写真を撮るという目的で参加したわけではなかったので、皆さんから浮いてしまうのではと心配していましたが、
ウロウロしながら十分ゆっくり見ることができたので良かったです。」

「楽しくて一日があっという間でした。名残惜しいですが、またツアーに参加したいと思います。」…等々。

参加者の皆さまに楽しんでいただけたようで、こちらもとても嬉しいです。

肥薩レトログラフィvol.2

最後に石川の感想です。

クリエイティブツアーでは、現地の方に案内してもらうことも多々あるのですが、
やはり、そこに生まれ育った人に話を聞くというのは素晴らしいことだなぁと思います。

今回、立山会長に詳しい説明をしていただきました。
当時のことをリアルに体験した本人から直接聞く言葉は重く、貴重で、そして素敵でした。
立山会長と同じように、自分よりも長い時間を生きて様々な経験を持った人が、きっと身近なところにもいるでしょう。
そんな人たちに、当時のことを何でも良いから聞いてみたいという気持ちもわいてきました。

今年7月に県美でクリエイティブツアー写真展を行い、
ツアーで行った場所だったり、自分が素敵だと思う景色の写真を一般公募し展示したのですが、
写真を見にきてくださった多くの方々が「こんな場所が九州にあるのね」と感動してくれて、
九州の魅力を再発見してもらうことができました。
また来年も写真展を開催したいと思っていますので、ぜひ沢山の方に参加していただき、
地元の素晴らしい文化や歴史や景観を伝えていければと思います。

立山会長が「自分が元気な限り、肥薩線の魅力を伝えていきたい」と仰っていましたが
僕たちも、写真を通して地域の魅力を伝えていけたら良いなぁと思っています。

そしてまた、写真を撮るという同じ楽しみをもった人たちと巡る、このツアーの良さを改めて実感しました。
また皆で楽しく一日を過ごすことができたら嬉しく思います。


「池島レトログラフィ vol.3」ツアーレポート

日々刻々と変わりゆく池島の姿を毎年撮っていこう。
そんな思いで訪れる池島レトログラフィも、今年で3回目となりました。

「アジサイが物語る人々の暮らし・炭鉱の島の“現在”を歩く」と題し、
アジサイの咲く季節に行くことにしています。
草木が生い茂る廃墟の中に、ふわっと浮かび上がるアジサイの花。
そこに、かつて人々がこの場所に住んでいたのだという気配が感じられるからです。

アジサイを目的としているため、必然的に時期は梅雨真っ只中となります。
しとしと雨に濡れる池島も素敵だろうと思うのですが、
参加者の皆さんの日頃の行いが良いのでしょう、
この日はちょうど梅雨の中休み。
青空も広がる、恵まれたお天気となりました。

2015年6月21日(日)。
集合は7:15。いつも通り、朝が早いです。
しかも池島の場合はフェリーの時間があるので、出発を遅らせることはできません。

池島レトログラフィvol.3

皆さまのご協力のおかげで、無事にフェリーに間に合いました。
池島へ向けて、約30分の船旅です。

池島レトログラフィvol.3

皆さん、色んなカメラでご参加です。カメラ話にも花が咲きますね。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

スタッフ林も、コーワシックスという中判カメラで参加いたしました。^^

池島レトログラフィvol.3

いよいよ、池島が間近に見えてきました。

池島レトログラフィvol.3

ついに池島に上陸です。

ここからは、ディレクター石川博己の案内で巡るも良し、
撮影スポットを記載した、特製のロケーションMAPを片手に散策するも良し、
リピーターの方もいらっしゃいますので、自由に池島を堪能していただきます。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

…と、何やら陽気な音楽が聞こえてきましたよ。

池島レトログラフィvol.3

移動販売の車から流れてくる音楽でした。
島の日常が見られるのも良いですね。

昨年は霧に煙る池島で、廃墟感と物悲しさが一層増していたのですが、
青空の下で見る池島の姿は、ここが全くの廃墟ではなく、確かに今も人の住む島なんだという
明るさも感じられました。

池島レトログラフィvol.3

石川の案内に同行される方達は、
郷地区を抜けて池島の中心へと向かいます。

池島レトログラフィvol.3

ゆるい坂を登っていくと、発電所と海水淡水化施設の姿が。

池島レトログラフィvol.3

すごい迫力です。

池島レトログラフィvol.3

郷地区は炭鉱ができる前からあった集落で、
炭鉱が栄えていた頃は、多くの居酒屋や飲食店、スナック、パチンコ屋、カラオケ屋などが軒を連ねていたといいます。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

第一立坑の櫓も見えます。

池島レトログラフィvol.3

続いて、炭鉱アパートが建ち並ぶエリアへ。

池島レトログラフィvol.3

あの、大輪の紫陽花が今年も出迎えてくれました。

池島レトログラフィvol.3

昨年は、まだ咲き始めの瑞々しいアジサイでしたが、今回は見事に満開です。

池島レトログラフィvol.3

お天気が違うだけで、同じ風景でも全く雰囲気が異なって見えました。

池島レトログラフィvol.3

特に池島では、重機はどんどん錆び、建物は朽ち、
撤去され、取り壊されていくので、
出会える景色は本当に一期一会なのだなぁと強く感じます。

池島レトログラフィvol.3

だからこそ、毎年ここに訪れ、写真に残しておこうと思うのです。

池島レトログラフィvol.3

時計を見れば、もうお昼。お腹もペコペコです。
池島唯一の定食屋さん「かあちゃんの店」で昼食をいただきます。

池島レトログラフィvol.3

名物のトルコライス!

池島レトログラフィvol.3

1年振りの再会に、思わず笑みがこぼれている方も…。
さぁ、いただきまーす!

池島レトログラフィvol.3

…あ!
私としたことが、なんたる失態。
ディレクター石川の姿を撮るのをすっかり忘れておりました。
フォトレクチャーをしている場面とか、颯爽と案内をしているところとか、
撮るべきシーンは沢山あったはずなのに、
まさか、この1枚だけしか撮っていなかったとは…。
(本当に悪気は無いのです。も、申し訳ございませーん!><)

池島レトログラフィvol.3

帽子を顔にのせて休憩している石川でした。

…気を取り直して、池島の象徴ともいうべき8階建てアパートへ。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

圧倒的な存在感です。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

どこもかしこも緑で覆い尽くされています。

池島レトログラフィvol.3

そんな中、優しい色合いのアジサイの花にホッとします。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

息苦しさを覚える程の植物たちの圧倒的な生命力。

池島レトログラフィvol.3

今度は、池島を一望できる場所へ。
池島で一番高いところ、四方山に登ります。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

素晴らしい眺めです。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

山頂での眺望を楽しんだ後は、炭鉱アパート周辺をのんびり散策しながら撮影します。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

いたるところで咲き誇るアジサイ、本当に綺麗でした。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

今年はアパートに絡まるツタがオレンジ色の花をつけているところも見ることができて嬉しかったです。

池島レトログラフィvol.3

廃墟となったアパート群も、明るい陽射しのもとで見ると
去年とはまた異なる印象を受けました。
とても神秘的だった、真っ白な霧に包まれた池島。
そして、明るい光に照らされた池島とは、なんだか少し距離が近くなれた気がしました。

池島レトログラフィvol.3

そろそろ、池島港へと向かわなければなりません。

池島レトログラフィvol.3

海沿いの道をぐるりと歩き、港周辺の炭鉱施設を見ながら戻りましょう。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

こうした重機なども、いつまで見られるのでしょうか。

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

全員無事に港に集合。
自由行動を選択された方々も、コミュニティバスやレンタル電動自転車を利用したりして、
自分たちのペースで思い思いに池島を楽しまれたようです。
また、島民の方もすごく親切にしてくださったと話してくれました。

池島を発つ前に記念撮影を。

池島レトログラフィvol.3

ちょうどフェリーが来たので、もう一枚。

池島レトログラフィvol.3

名残惜しみつつ、池島の旅は終わりました。

池島レトログラフィvol.3

 

九州最後の炭鉱である、池島炭鉱で賑わいを見せた池島。
2001年に閉山し、8000人近くまで増えた人口も今や200人を切りました。
大きな小中学校に通うのは、小学生たった1人ということです。
草木に浸食され廃墟化しつつあるアパート群を眺めていると、
たった十数年でこんなに変わってしまうのかと、日々の儚さや無常というものを感じずにはいられません。

池島を毎年撮り、この島の移り変わる様をはっきりと目の当たりにすることで、
何気なく過ごしている日々はこのまま変わらず続いていくものではなく
当たり前にある目の前の風景も儚いものだということが胸に迫ってきます。
そして、だからこそ気付く“ありふれた日常”の大切さ。

来年もまた、この季節に「池島レトログラフィvol.4」を開催する予定です。
移ろいゆく池島を再び撮りに行きませんか?

池島レトログラフィvol.3

池島レトログラフィvol.3

 

参加者の皆さん、本当にお疲れ様でした。
いつものクリエイティブツアーでは、いくつもの見学地をバスで巡っていきますが、
池島の場合は基本、徒歩ですし、また暑かったので、
なかなかハードな一日だったかと思います。
「自分の体力の無さを痛感しました」と仰る方も。
でも、皆さんから「楽しかった」という声をお聞きして、私共も嬉しく思いました。
池島に対しては「不思議な感じがした」という感想が多く聞かれました。
また「帰ってから写真を見返すのが楽しみ」「現像するのが楽しみ」とも仰られていましたね。
きっと、良い写真がたくさん撮れたのだろうなぁと思います。
ご参加ありがとうございました!

そして、福岡〜瀬戸港間を安全運転してくださった福岡伊都バスの脇坂さん、ありがとうございました。
脇坂さんのおかげで、無事にお土産も買えました。
(なぜか、カボチャを購入している方が複数いらっしゃったのが謎でしたけど…。)

 

次回のクリエイティブツアーは、8月30日(日)開催の肥薩レトログラフィvol.2です。
こちらもフォトジェニックな場所が満載ですよ。
どうぞお楽しみに。


「平戸レトログラフィ vol.2」ツアーレポート

昨年の4月に引き続き、2回目となる平戸レトログラフィvol.2を5月17日(日)に開催。
「光をみつける旅・美しく荘厳な教会群を巡る」と題し、
明治、大正、そして昭和初期に建てられた4つの教会を巡りました。

長い歴史を通して育まれた風景のなかに実際に身を置き、
その土地の風土や文化、人々の暮らしに思いを馳せながら…。

 

平戸レトログラフィvol.2

予報では雨かも…と心配していたのですが、お天気にも恵まれ一安心。
さぁ、バスに乗り込み、平戸へと向かいます。
運転手さんは伊都バスの田中さん。今回、初めてお世話になりました。

平戸レトログラフィvol.2

バスの中では、参加者の皆さんに自己紹介をしていただきます。
クリエイティブツアーに参加される方々はカメラ好きの人が多いので
今日はどんなカメラを持ってきたのかについても話していただきました。

平戸レトログラフィvol.2

青空に映える朱色の平戸大橋を渡って、平戸島へ!

平戸レトログラフィvol.2

本日、ガイドを務めてくださるのは、昨年と同様、平戸ウェルカムガイドの髙田さん。
元気で明るい語り口と豊富な知識、そして、ご自身がクリスチャンだからこそ聞けるお話で
楽しくガイドを務めてくださります。
しかも、参加者が写真を撮ることにも配慮してくださり、さすが!の一言。

平戸レトログラフィvol.2

平戸レトログラフィvol.2

平戸レトログラフィvol.2

皆さん、色々なカメラをお持ちです。
どんな写真を撮られるのでしょうか…?気になります。

平戸レトログラフィvol.2

一つ目の目的地は、平戸ザビエル記念教会。
いくつもの尖塔と、淡いグリーンの外観。まるで西洋のお城のような教会です。
今日は結婚式が行われるということでしたが、特別に教会内部を見学させてもらい、
それから外観をしっかりと撮影させていただきました。

続いては、石畳の階段を下って、平戸名所の「寺院と教会の見える風景」へ。

平戸レトログラフィvol.2

平戸レトログラフィvol.2

まるで合成したかのように、寺院の瓦屋根の向こうに見える、十字架を戴く教会の姿。
日本と西洋の文化が織りなす平戸の代表的な景色の一つです。

平戸レトログラフィvol.2

 

このツアーを編集した際のテーマのひとつは
【見たこともない教会をつくる】という、その創造性を見ることです。

江戸時代、幕府はキリスト教を禁じる禁教令を出して教会を破壊。そして200年以上にわたる鎖国…。
明治に入り、信仰の自由が認められた信徒たちの切なる願いは、祈りの場である教会を建てることでした。

長く禁教下にあった日本人にとって、教会がどんなものなのか知る由もありません。
日本の建築技術に長けた大工といえども、全く未知の建物をつくるのは至難の業だったでしょう。
日本人大工たちは、従来の日本の技術の範囲内でその形態をイメージし、
まさに“創造”していかなければなりませんでした。
いかに表現すべきか苦労しながらも、豊かな発想と創意工夫で、
西洋の建築様式と日本の伝統技術が融合した独自の教会をつくりあげていったのです。

そして、長崎の教会建築において「この人抜きには語れない」といわれる人物がいます。
それが鉄川与助(1879-1976)です。

平戸レトログラフィvol.2
(『鉄川与助の教会建築 五島列島を訪ねて』(LIXIL出版)より)

彼は外国人神父の指導のもと、見ず知らずの西洋建築技術を習得し、自ら設計・施工し、
教会建築を完成の域にまで到達させました。
木造、煉瓦造、石造、鉄筋コンクリート造と、常に新しい教会建築に挑戦。
心血を注いでつくりあげた教会は、いくつも国の重要文化財、県の有形文化財に指定されています。

そんな鉄川与助の代表作ともいえる教会が、二つ目の目的地であるカトリック田平教会です。
国の重要文化財に指定されており、また世界遺産候補にもなっています。

平戸レトログラフィvol.2

赤煉瓦が美しくも重厚な教会で、多彩な煉瓦積み手法を駆使した緻密なデザインが見所。
瓦屋根と煉瓦の壁という、和と洋の融合も素晴らしいです。
内部は教会として最も完成された形態を持ち、美しいステンドグラスも目を引きます。

平戸レトログラフィvol.2

通常、教会内部の撮影は禁止されていますが、
本ツアーでは特別に許可をいただき、内部の撮影をさせていただきました。
なかなか個人ではできないということで、参加者の皆さんも感動されていました。
しかし、世界遺産に登録されれば、このように撮影することも難しくなるでしょうとのことです。

平戸レトログラフィvol.2

そろそろ、お腹の虫も鳴き始める頃。
宝寿司さんに向かい、お昼ご飯を頂きます。

平戸レトログラフィvol.2

平戸の新鮮な海の幸を堪能いたしました。
ごちそうさまでした!

お腹も満たされたところで、三つ目の目的地へ。

平戸レトログラフィvol.2

赤と白のコントラストが鮮やかで、とても可愛らしいカトリック宝亀教会。
緑に囲まれた静かな高台に建つ、平戸市内で最も古い教会で、
両側面にバルコニー風のアーケードがあるなど、珍しい構造をしています。

平戸レトログラフィvol.2

内部は淡い緑色や水色、黄色のパステルカラーに彩られて優しい雰囲気。
100年以上前に建設された当時のままのステンドグラスは、
ステンドグラスというより「色硝子」といった方がピッタリな素朴な風合いです。
(こちらでも特別に内部撮影の許可をいただきました。)

平戸レトログラフィvol.2

続いて、四つ目の教会、カトリック紐差教会へ。
ロマネスク様式の壮大な白亜の教会で、平戸市内で一番大きい教会です。
鉄川与助のつくった鉄筋コンクリート造の教会で、
幾何学模様と花のレリーフで埋め尽くされた折上天井に、与助の独自性が見られます。

平戸レトログラフィvol.2

平戸レトログラフィvol.2

ステンドグラスから射し込む光でピンク色に染まった堂内は、胸を打つ美しさです。
(特別に許可をいただき、内部を撮影しています。)

五つ目の目的地は、かくれキリシタンの里・根獅子です。
現在は、かくれキリシタンの方々は解散していませんが、当時使われていた納戸などが
そのまま残っている古い家屋を見学させていただきました。

平戸レトログラフィvol.2

平戸レトログラフィvol.2

平戸レトログラフィvol.2

平戸レトログラフィvol.2

平戸レトログラフィvol.2

普通はなかなか見ることのできない場所です。
かくれキリシタンの昔の生活を垣間見ることができました。

平戸レトログラフィvol.2

こちらでは、根獅子集落機能再編協議会事務局長の川上茂次さんが案内してくださったのですが、
この方の、まー話の面白いこと!
予想だにしない抱腹絶倒の時間となりました。

平戸レトログラフィvol.2

帰りがけに見た根獅子の海の美しさ。
最後に大きな感動をもらいました。

平戸レトログラフィvol.2

平戸のお土産を買って、福岡へと戻ります。
美しい根獅子の海で作られた美味しい塩。
激甘!と噂のカスドース。(テレビで紹介されて、東京でも人気が出たとか。)
平戸銘菓の牛蒡餅などなど…。

平戸レトログラフィvol.2

 

参加者の皆さん、一日お疲れ様でした。
皆さんのご協力のおかげで、無事にツアーを終えることができました。
車中でも、和気あいあいとした雰囲気で良かったです。
ご参加いただき、ありがとうございました。

平戸レトログラフィvol.2

帰りのバスで皆さんから感想をいただきましたが、
それぞれに、感動や学びを得られたとのこと、
そして、とても楽しかったと言ってもらえて、本当に良かったです。
爽やかな青空のもと、きっと良い写真もたくさん撮られたのでしょうね。
ぜひ見せていただきたいです。

 

最後に
教会内部の撮影許可の取り付けなど、多岐に渡りご協力をいただきました平戸市観光課の里村さん、
豊富な知識と楽しい話術で一日案内してくださったガイドの高田さん、
かくれキリシタンの里・根獅子の貴重な昔の家屋を面白い語り口調でご説明くださった川上さん、
分刻みのスケジュールの中、無事に運行してくださった伊都バスの田中さん、
本当にありがとうございました。

次のツアーは大人気の池島です。お楽しみに。


「佐世保レトログラフィ vol.2」ツアーレポート

2月22日(日)に開催した、2年ぶりとなる佐世保レトログラフィvol.2。
今回は「静かに朽ち果てゆく要塞・今ある平和に思いを巡らす旅」をテーマに、
戦跡を巡りました。

明治22年に旧日本海軍鎮守府が置かれ、大きく変動した佐世保の歴史。
佐世保軍港がつくられ、このまちは急速に発展していきました。
軍港を守るべく築かれた佐世保要塞は、
100年の時を経た現在も山中にひっそりと佇み、その姿に明治の記憶を留めています。

過去の歴史と、今わたしたちが享受している平和について思いを巡らしながら
佐世保のまちをそれぞれの視点でカメラに収めてきました。

佐世保レトログラフィ

佐世保レトログラフィ

それでは、旅のお供のガイドマップを片手に出発です!(かなり広範囲の移動です!)

佐世保レトログラフィ

まず最初に向かったのは『片島魚雷発射試験場跡』。
薄霧のなか、静かに佇む廃墟の姿がとても幻想的でした。

佐世保レトログラフィ

空と海の境界もあいまいな、白く霞む世界。
いつでも見られる光景ではないだけに、夢中でシャッターを切ります。
まだ一つ目の見学地なのに、すでに何本もフィルムを消費してしまったという声もチラホラ。

佐世保レトログラフィ

崩れ落ちた道を渡ると、そこには海に浮かぶ廃墟。監視所跡です。

佐世保レトログラフィ

魚雷収蔵施設は朽ちて屋根もなく、
その内部では草木が生い茂って建物を浸食しつつあり、
まるでジブリアニメのラピュタのようでした。(写真、撮っていませんでした。申し訳ありません…。)

かなりフォトジェニックな場所で、あっという間に時間が経過。
クリエイティブツアーはいつも分刻みのスケジュールのため(ついつい盛り込みすぎてしまうので^^;)
名残惜しいですが、次の目的地へと向かいます。

佐世保レトログラフィ

佐世保の軍港を守るため、明治政府によって各所に作られた要塞のひとつである『石原岳堡塁跡』。
石造りの壁は雨にしっとりと濡れ、その陰翳はさらに際立ち、重厚な存在感を放っていました。

佐世保レトログラフィ

点々と明かりの灯った通路を抜けて中に入ると、そこは射撃室。
接近戦に備えるために設けられました。
しかし、ここは実戦で使われることは無かったそうです。

佐世保レトログラフィ

お楽しみのお昼ご飯。佐世保のご当地グルメといえば…そう、佐世保バーガー!

佐世保レトログラフィ

昔ながらの佐世保バーガーが頂けるお店「らりるれろ」で人気No.1のベーコンエッグバーガーを堪能しました。

佐世保レトログラフィ

見上げる先にあるのは、天高くそびえる3本の塔。

佐世保レトログラフィ

三つ目の見学地は『針尾送信所』です。
大正11年、旧日本海軍の手によって4年の歳月と時価250億円の費用を投じて建設された無線塔。
平成25年に国の重要文化財に指定されました。

佐世保レトログラフィ

現代のような重機もなかった時代にこれだけのものを造った先人たちの偉業と、
その巨大さにただただ圧倒されました。

佐世保レトログラフィ

ツタの絡まる電信室。
どれだけの時間を積み重ねてきたのでしょうか。
植物の生命力にも驚かされます。

佐世保レトログラフィ

続いて向かったのは展望公園『展海峰』。
眼下に九十九島の大パノラマが広がる・・・はずだったのですが。
真っ白な霧に覆われ、島影ひとつ見えませんでした。残念!
しかし、こんな景色は佐世保の人でも滅多に見たことがないとのこと。
ある意味、貴重なものを見られたのかもしれません(?)

気を取り直して、いよいよ最後の目的地『丸出山堡塁跡』へ。
佐世保要塞のひとつで、ここには全国でも珍しい、装甲付きの観測所が残っています。

佐世保レトログラフィ

小高い山の上にあるため、約30分程のプチトレッキング。

佐世保レトログラフィ

観測所はまるでUFOのよう。

佐世保レトログラフィ

先ほど見られなかった、九十九島をカメラに収めます。

佐世保レトログラフィ

福岡へ帰る前に佐世保のスーパーに立ち寄り、お土産を購入。
佐世保のご当地ドリンク。独特のプラスチック容器に入った甘い豆乳。
製造元が佐世保の会社だと初めて知った、昔懐かしい駄菓子などなど…。

佐世保レトログラフィ

いくつもの佐世保の景色をカメラに収め、お土産と思い出を抱えて帰途につきました。

 

思わずシャッターを切りたくなる風景が沢山あり、フィルムがあっという間になくなってしまったという参加者の方も。
皆さんに楽しかったと言っていただけて本当に良かったです。
「知らなかった佐世保の一面に出会い、佐世保のまちがもっと好きになりました」という嬉しいお言葉もいただきました。
ご参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。一日お疲れ様でした!

佐世保レトログラフィ

佐世保レトログラフィ

また、地元の人間ならではの感覚で一日案内してくださったre:portの中尾さんには大変お世話になりました。
ありがとうございました。

佐世保レトログラフィ

そして、今回も安全運転してくださった福岡伊都バスの越路さん、ありがとうございました。

次のクリエイティブツアーの舞台は、平戸です!どうぞお楽しみに。


「池島レトログラフィ vol.2」ツアーレポート

昨年の8月に続き、2回目となる「池島レトログラフィ」。
今年はアジサイの咲く頃を狙って、6月1日(日)に行ってきました。
雨の心配もあったのですが(雨にけぶる池島もそれはそれで素敵だと思いますが)
九州北部地方が梅雨入りしたのが6月2日。
ちょうど梅雨入り前日のこの日は、雨どころか夏日の暑い一日でした。

池島レトログラフィ

早朝7:30に福岡を出発。バスに揺られて一路長崎へ。
車内では今日一日を一緒に過ごす参加者の皆さんに自己紹介をしていただきました。
昨年のツアーにも参加して下さっているリピーターの方もいらっしゃれば、
池島に行きたいと思って調べていたら、偶然このツアーを見つけて…という方も。
ツアーの募集を開始してすぐに定員に達したことからも、池島の人気の高さが窺えます。

自己紹介の後、これから向かう池島のかつての姿を記録した映像を皆さんに見ていただきました。

池島レトログラフィ

九州最後の炭鉱である、池島炭鉱で賑わいを見せた池島。
2001年に閉山し、8000人近くまで増えた人口も今や200人余りにまで減少してしまい、
建ち並ぶアパート群は草木に浸食され廃墟化しつつあります。
たった十数年でこんなに変わってしまうのかと、日々の儚さや無常というものを感じずにはいられません。
そんな移ろいゆく池島の「いま」を写真に収めに行きます。

クリエイティブツアーの参加者に毎回お配りしている特別冊子。
今回は池島を自由に散策して撮影できるように
撮影ポイントを記したマップと、それにリンクした冊子にしました。
このマップと冊子が良かった!という参加者の声もいただきましたよ。^^

池島レトログラフィ

瀬戸港からフェリーに乗って池島へ向かいます。約30分の船旅です。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

いよいよ池島が近づいてきました。

池島レトログラフィ

なんと池島はものすごい霧に包まれています。
白く霞む視界にぼんやりと浮かぶ島影がとても幻想的で、異次元に迷い込んだかのような、まるでラピュタの世界のような。

さぁ、池島に上陸です!

池島レトログラフィ

迫力ある遺構の数々。霧と相まって、えも言われぬ雰囲気を醸し出しています。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

島内をそぞろ歩きつつ…

池島レトログラフィ

撮る。

池島レトログラフィ

またまた、そぞろ歩き…

池島レトログラフィ

撮る。撮る。撮る。

池島には心惹かれる被写体が沢山あって、あっという間にフィルムを撮り終えてしまいます。
あ、クリエイティブツアーに参加される方は写真好きの方が多く、またフィルムカメラの方も多いのです。
フィルムとデジタル2台持ちの方もいらっしゃいました。

池島レトログラフィ

人の侵入を拒むかのように生い茂るツタ。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

人の住んでいた気配を濃厚に残しています。

池島レトログラフィ

きっと沢山の人が楽しんだであろう場所。もう笑い声は響いてきません。

池島レトログラフィ

全盛期には1800人近くの小・中学生がいたそうですが、今はたったの6人…。

池島レトログラフィ

フォトジェニックな8階建ての高層アパート群。
今はがらんどうとして、ひっそりと静まりかえっていますが、
この窓一つひとつに暖かな明かりが灯り、大勢の人が暮らしを営んでいたのは
遠い遠い昔のことなんかではないのです。

自分の生まれ育った場所がいつか廃墟になるかもしれない。
そんなことはこれまで想像だにしませんでしたが、
ここに来て、毎日の「ありふれた日常」は永遠に続くことを約束されたものではないのだと思い知らされました。

池島レトログラフィ

なんだか切ない気持ちになってしまいましたが、やっぱりお腹は減るものです。
島で唯一の食堂「かあちゃんの店」で昼食を頂きます。

池島レトログラフィ

トルコライスはボリュームたっっっぷり!
ご好意で新鮮なお刺身までご用意して下さいました。
廃墟を見てきたせいか、なんだか人の優しさが余計に心に沁みます。
とっても美味しかったです!ごちそうさまでした。

池島レトログラフィ

昼食の後は、小中学校の裏手にある四方山へ登ります。

池島レトログラフィ

池島で一番高い場所。360度見渡せる眺めは最高です。

池島レトログラフィ

四方山の頂上にて。おそらく池島で、このとき人口密度が一番高かった場所。

池島レトログラフィ

若者は笑顔ですが…

池島レトログラフィ

けっこうな勾配の山でヘトヘトになりました。

山を下りた後は、炭鉱アパートの建ち並ぶなかをのんびり散策しながら写真を撮ります。

池島レトログラフィ

植物の生命力には、ただただ圧倒されるばかり。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

廃墟のなかで色鮮やかに咲く花は、ひときわ目を引きます。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

たとえ誰も見る人がいなくても、美しく咲き誇るアジサイ。
来年もこの場所で咲いていて欲しいと密かに願います。

池島レトログラフィ

眩しいほどの瑞々しさ。
咲いているうちに段々と色を変化させるため、アジサイは「七変化」の異名をもちます。
今も刻々と変わり続けている池島の姿と重なります。

池島レトログラフィ

そうそう。池島では、人よりも猫によく出会います。

池島レトログラフィ

港や

池島レトログラフィ

「かあちゃんの店」の前や

池島レトログラフィ

草影や

池島レトログラフィ

小径などなど…。

池島レトログラフィ

誰もいない廃墟のなかで、生き物を見るとホッとします。

池島レトログラフィ

池島をぐるりと回って、海沿いの道を行き、港へと戻りましょう。

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

池島レトログラフィ

そろそろ帰りのフェリーの時間です。思う存分に写真は撮れましたか?

池島レトログラフィ

フェリーに乗り込み、池島を後にしました。
地域おこし協力隊の小島健一さんと、島民の方が見送って下さいました。

池島レトログラフィ

遠のいていく池島の姿を最後にカメラに収めます。

 

参加者の皆さんの集合写真は第二立坑と女神像「慈海」の前で撮りました。
もちろん、女神像と同じポーズで。
ここは立入禁止の場所になってしまったのですが、今回は特別に入らせていただくことができました。
去年までは普通に入れたのですが…。

池島レトログラフィ

 

まるで人々の生きた痕跡を消していくかのように緑がアパートを覆い隠し、
住宅や施設の一部が老朽化して危険ということで取り壊され、
島のあちこちに空き地が出現。
すでに昨年とは違う景色が、今の島の日常になっています。

池島を毎年撮り、この島の移り変わる様をはっきりと目の当たりにすることで、
何気なく過ごしている日々はこのまま変わらず続いていくものではなく
当たり前にある目の前の風景も儚いものだということが胸に迫ってきます。
そして、だからこそ“ありふれた日常”が大切なのだと気づきます。

今回、写真に収めてきた池島の紛れもない「いま」の姿も、すでに「過去」のものとなり、
この瞬間にも刻一刻と変わり続けています。
来年、またこの季節に「池島レトログラフィ vol.3」を開催する予定です。
今とは違う池島を再び撮りに行きませんか。

池島レトログラフィ

「永遠に 池島の生命と 幸福を守りたまえ」

 

暑いなか島内を歩き回り、山にも登って、なかなかハードな一日でした。
参加者の皆さん、お疲れ様でした。ご参加ありがとうございました!

また、情報提供などのご協力を頂きました地域おこし協力隊の小島健一さん
今回も安全運転で無事にフェリーに間に合わせて下さった福岡伊都バスの越路さん、
冊子制作を手伝ってくれたゴッドハンドKさん・Sさん、どうもありがとうございました。

本ツアーは、エフ・ディが主催するデザイン塾の校外セミナーです。

次回のクリエイティブツアーは、7月13日(日)開催の阿蘇トレックレック
山歩きをしながら美しい自然を写真に撮って記録しようという
クリエイティブツアーの新しいテーマ「TREKREC」の第1弾です。
皆さんのご参加をお待ちしております!


「平戸レトログラフィ」ツアーレポート

4月27日(日曜日)。
早朝7時10分という早い集合時間にも関わらず、皆さん時間通りに集ってくださり、感謝しきりです!

それではいざ、平戸へ出発!!

平戸レトログラフィ

車内で皆さんが読んでくださっているのは、クリエイティブツアーの特別配付冊子。
毎回、力を入れて作っています。
しかも、今回はカラー!!
教会建築の美しさ、とりわけステンドグラスを通した色とりどりの光の美しさを見ていただくには、
カラーしかないと頑張りました。
その他、平戸のこと、長崎キリシタンの歴史、教会建築のことなど、
このツアーの背景となる物事について書いています。

平戸レトログラフィ

今回は平戸の4つの教会を巡る旅。
なぜそこに教会がつくられたのか。どんな人たちの手によって建てられたのか。
そこには、人々のどんな思いが込められているのか…。

歴史や背景を知ることで、皆さんが実際に訪れ、その目で見て、シャッターを切る時に
それが意味あるものとなり、新たな視点を得る一助となることを願って。
そしてまた、他所を知ることによって自分の住む町についても改めて考える
きっかけにもなったら良いなと思っています。

 

平戸レトログラフィ

レトログラフィに参加してくださる方は、やっぱりカメラ好きの方が多いですね。
皆さん、すてきなカメラをお持ちで…。今日は一体どんな写真が撮れるのでしょうか。

 

今回の移動も、福岡伊都バスさんです。
運転手の越路さん、長時間にわたる運転となりますが、よろしくお願いします。

平戸レトログラフィ

平戸市に入る前に「松浦水軍の郷 海のふるさと館」で一休み。

平戸レトログラフィ

皆さんの笑顔が輝いてます。眩しいですっ。
雨が降らなくて本当に良かった。

 

平戸レトログラフィ

さぁ、一つ目の目的地「平戸ザビエル記念教会」に到着です。
いくつもの尖塔と、淡いグリーンの外観が美しい教会に、思わず歓声があがります。

平戸レトログラフィ

個人の信仰や宗派に関わらず、自分以外の人のために皆で祈りを捧げ、教会見学スタート。

通常、聖堂内の撮影は禁止されていますが、今回はツアーの企画段階から色々とご尽力いただいた平戸観光協会の里村さん、そして平戸観光ウェルカムガイドの高田さんのおかげで、特別に内部の写真を撮らせていただくことができました。

平戸レトログラフィ

まるで大理石のように見える柱は、実は漆喰仕上げで、とても珍しい技法によるもの。
当時の名もなき職人の、技術力の高さが窺えます。

聖堂内は黄色のステンドグラスで淡い黄色の光に満たされていました。
この教会を建てるのに、2万5千円かかったとのこと。
現在の価格にして、約2億5千万円。
そして、2千円足りなかったために、向かって右側の塔が建てられなかったそうです。
その左右非対称の姿が、今ではこの教会を特徴づけるものとなっています。

平戸レトログラフィ

ご主人の次に平戸が大好き!というガイドの高田(たかた)さん。
次から次へと出てくる興味深いお話に感服いたしました。
また、キリスト教の信徒さんでもあるため、教会や信徒の方の暮らしなどについて
より奥の深いお話を伺うことができました。

IMG_5105

平戸名所「寺院と教会の見える風景」。
寺院の瓦屋根の向こうに、教会の十字架を戴く先鋭な屋根がぽっかりと見える不思議な光景。
日本と西洋の文化が織りなす平戸の代表的な景色の一つです。

 

平戸レトログラフィ

続いて訪れたのは2つ目の教会、カトリック田平教会です。
煉瓦造りの重厚な佇まい。
煉瓦だけで、こんなにも多彩な表現ができるものなのかと驚きました。

クリエイティブツアーでは、そのツアーごとにクリエイティブな視点をもって編集しています。
今回は、教会建築の第一人者といわれ、大工の棟梁であり、また建築家でもあった
鉄川与助という人の仕事にスポットライトを当てました。
見たこともない西洋の教会を、日本の建築技術を駆使し、
創意工夫と並々ならぬ情熱、飽くなき探究心をもって創造した鉄川与助。

この田平教会は、鉄川与助の代表作といわれる教会です。
彼の作品を、約100年という時を経て、いま私たちが目にすることができるということに
感動を覚えます。

平戸レトログラフィ

外からは何の図柄だか分からない窓。中から見るとステンドグラスの美しい絵柄が浮かび上がります。
ステンドグラスは目で見る聖書ともいわれています。

平戸レトログラフィ

煉瓦の壁と瓦屋根が見事に調和し、和と洋が融合した、日本ならではの素晴らしい教会でした。

 

そろそろお腹も空いてきました。
お昼ご飯は「まりあキッチン」さんでいただきます。
上神崎教会の信徒さんたちによる手作りご飯です。

平戸レトログラフィ

神父さんからお話を伺いつつ、皆で輪になって昼食です。

平戸レトログラフィ

すべての恵みに感謝して、いただきます!

平戸レトログラフィ

平戸レトログラフィ

今朝まで泳いでいたという新鮮なお魚のお刺身に押し寿司などなど…どれも美味しかったです。
にゅうめんが出てきましたが、昔はそうめんとお饅頭がお祝いの時のごちそうだったとのこと。
デザートの苺ムースやシフォンケーキまで手作りで、とても嬉しかったです。
綺麗なお花まで飾ってくださっていて…。
温かいおもてなしに感激いたしました。

平戸レトログラフィ

まりあキッチンの皆さん、どうもご馳走様でした!!

この上神崎教会は、ちょうど新しい教会に建て替えているところで、
6月1日に献堂式を迎えるそうです。
こんな機会に遭遇することは滅多にありません。
しかも、なんと建設途中の教会の中へ入らせていただけることに。
「立入禁止」と書かれた建物に入るのは、ちょっとドキドキわくわく。
信徒の皆さんから色々なお話も伺えて、とても貴重な経験となりました。

平戸レトログラフィ

 

お腹も満たされたところで、3つ目の教会、カトリック紐差教会へ。

平戸レトログラフィ

皆さんの見上げる視線の先に、白亜の教会、紐差教会が。
鉄川与助の手になる鉄筋コンクリート造の教会です。

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クリスマスツリーのような形をした木は、なんとイチョウの木。

平戸レトログラフィ

聖堂内は美しいピンク色の光に染まっています。
天井には菊の花のレリーフが。
西洋の建築様式でありながらも、随所に日本らしさが表現されています。

平戸レトログラフィ

幻想的にきらめく光を、カメラに収めます。

 

続いては、春日の棚田へと向かいます。
「ここ、入っても良いのかな?」と思うような細い坂道をずんずん登っていくと…

平戸レトログラフィ

目の前に広がる絶景。

平戸レトログラフィ

水を湛えて鏡のように輝くいくつもの棚田。山の向こうには海が広がっています。

平戸レトログラフィ

カエルの鳴き声を聞きながら、樹々の緑と山野草を愛でつつ、
まさに「山笑う」季節、清々しく気持ちの良い散歩となりました。

平戸レトログラフィ

これから暖かくなってくると、マムシがたくさん出てくるそうなのでご注意を。

 

食後の運動も済んだところで、道の駅・生月大橋へ。
平戸の空と海によく馴染む、爽やかなスカイブルーの生月大橋が見渡せます。

平戸レトログラフィ

ガイドさんオススメのお土産は丸ぼうろ。しっとりとして美味しいのです。
お土産を買ったあとは、最後の教会、宝亀教会へと向かいます。

 

宝亀教会への道すがら。

平戸レトログラフィ

平戸レトログラフィ

平戸レトログラフィ

可憐な花々が咲き揃い、ウグイスのさえずりが耳をくすぐり、海からは心地よい風が吹き渡り、
そして足下には、たくさんのキミドリ色の尺取虫がくねくねと蠢い…て…うむむ。

 

平戸レトログラフィ

ヒラドツツジの向こう側に、こぢんまりとした宝亀教会が見えてきました。

平戸レトログラフィ

聖堂内は優しいパステルカラーに彩られ、とても可愛らしい雰囲気。
窓も、ステンドグラスというより「色硝子」という方がしっくりくるような素朴な風合いです。
建物の両側にバルコニーがあるなど、教会としてはとても珍しいつくりとなっています。

最後の教会ということで、皆で聖歌を合唱しました。

平戸レトログラフィ

平戸レトログラフィ

そして記念撮影。

平戸レトログラフィ

 

朝早くから夕方まで一日中ずっと案内してくださったガイドの高田さんとはここでお別れ。
最後にバスの中で「平戸慕情」を歌ってくださいました。

全行程を終え、少し時間に余裕があったので見所の多い田平教会にもう一度向かい、その後、帰路につきました。

 

平戸レトログラフィ

 

いわゆる「観光地」ではなく、「使われなくなった遺産」でもなく、地域に根付いた「生きた場所」としての教会を見られたのが良かった、という感想を参加者の方からいただきました。
だからこそ。教会は観光地ではなく「祈りの場」であるからこその難しさが、今回のツアーにはありました。
しかし、たくさんの方々のご協力のおかげで無事にツアーを催すことができました。

 

平戸レトログラフィ

平戸観光協会の里村さん、平戸観光ウェルカムガイドの高田さん、春日町まちづくり協議会 安満の里 春日講の寺田会長、福岡伊都バスの越路さん、どうもありがとうございました。

また、冊子制作にご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。

そしてそして、参加者の皆さん、早朝から一日お疲れ様でした。
ご参加いただき、本当にありがとうございました!!

 

次のツアーは5月18日(日)開催の【筑豊レトログラフィ】です。
こちらも熱く濃厚なツアーになること必至です。
田川出身のディレクター石川が、抱腹絶倒の(?)ツアーガイドをいたします。
田川に行ったことのある方も、行ったことのない方も、ぜひ一緒に新しい田川の姿を発見しましょう。
また皆さんにお目にかかれる日を楽しみにしております。


「肥薩レトログラフィ」ツアーレポート

2014年3月2日の日曜日。
前夜の雨もやみ、お天気の心配はなさそうなので一安心。
まだほんのり薄暗い早朝7時10分に天神に集合し、予定時刻より少し早めに出発です。

肥薩レトログラフィ

集合場所の目印につくった「エフ・ディ クリエイティブツアー」のプラカード。
皆さんに気づいてもらえていたのでしょうか…。

肥薩レトログラフィ

熊本県八代まで、約2時間の道のりです。
車中での自己紹介タイム。
初参加の方、常連の方、様々な職業の方…バラエティーに富んだ23人を乗せてバスは走ります。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

今回のツアー参加者への特別配付冊子は70ページ!
これから巡る場所の歴史や文化、その背景にある物語を写真とともに紹介しています。
色々な思いをもって、このツアーに参加してくださっている皆さんにとって
新たな視点や価値を発見する一助となれば嬉しく思います。

肥薩レトログラフィ

熊本の八代駅から鹿児島の隼人駅まで、熊本・宮崎・鹿児島3県を結ぶJR肥薩線。
日本三大急流の一つである球磨川に沿うように走る列車から見える渓流美や
日本三大車窓の一つに数えられる矢岳越えの絶景など、自然景観の素晴らしさもさることながら、
沿線には鉄道遺産と関連する産業遺産・遺跡が数多く存在していることも大きな魅力です。
中には経済産業省が認定した「近代化産業遺産群33」に指定された遺産も。
「肥薩レトログラフィ」ではそれらの遺産群も見て回ります。
産業近代化を推し進めてきた先人たちの努力、そして地域や日本の発展のために果たしてきた役割。
そうしたものに思いを馳せながらシャッターを切ります。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

皆さん、思い思いの場所をカメラで切り取っています。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

時折、爽やかな風が吹き渡り、ほのかに香る白や薄紅の梅、鮮やかな黄色の菜の花、田んぼの畦道に顔を出しているツクシ…
春の息吹をそこかしこに感じました。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

約1世紀前につくられた駅舎の木製の腰掛け。
100年前の人たちも同じようにここに座っていたんだ…そう想像するだけでも感慨深いものがあります。

肥薩レトログラフィ

レトロな木造駅舎の前で、BRONICAとカーボンの一脚と。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

昼食は、翡翠色の球磨川を眺めながら。
この後、バスのところまで戻るのがとてもしんどくて…。リフトが運休中でした。

肥薩レトログラフィ

受験生に人気の縁起の良い駅で。学生服も貸し出し中です。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

棚田の造形美を楽しみながら、畦道を下から上まで散策します。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

重機なども無かった時代、手作業でこの山深い斜面に農地を開墾した先人の苦労はいかばかりであったのでしょう。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

レンゲソウ。子供の頃、花冠をつくって遊びました。花言葉は「心が和らぐ」「あなたは幸福です」だそうです。

肥薩レトログラフィ

どんな写真がそこには収められているのでしょうか。

肥薩レトログラフィ

今回のメインとも言える場所。石造りの重厚感。その圧倒的な存在感。格好良さに惚れ惚れします。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

肥薩線の語り部・人吉鉄道観光案内人会の立山会長と岡本さんにガイドをしていただきました。

肥薩レトログラフィ

蒸気機関車の機関士をされていた方から伺う当時のお話はとても興味深く、貴重な体験となりました。

肥薩レトログラフィ

蒸気機関車に石炭を投入する訓練を行う「投炭訓練」を実演してくださいました。
スコップで本物の石炭を「投炭練習機」に入れていくのですが、
入れ方にもコツがあり、手首を返してスコップが下を向くように入れなければならず
それを連続して200回も繰り返していたなんて驚きです。
実際には、蒸気機関車の激しい振動や熱気と煤煙のなか行うのですから、その大変さは計り知れません。
しかし、昭和10年生まれだとは信じられない程の、立山会長のパワフルでキビキビとした動作には、もっと驚きました。
これこそまさに昔取った杵柄と言うのでしょうか。
「投炭順序表」というものには、石炭をどの場所にどの順番で投入しなければならないのか、
1〜50番目までの順序が記載されていました。とても細かく決まっているのですね。
なんだか茶道の炭手前のお作法のようです。

肥薩レトログラフィ

線路を渡る時のマナーは「右ヨシ!左ヨシ!前ヨシ!」だと教わりました。

肥薩レトログラフィ

「蒸気機関車はとても動物に近いもの」と立山会長は仰います。
「蒸気機関車は、ここで停まっている時も、石炭を燃やし続けなければならない。
眠っている時も血液が循環し、呼吸を続けている動物のように、
蒸気機関車も石炭が燃え続け、蒸気が循環し続けている。
だから、当時300〜350人程もいたこの職場は、一時も休んだことの無い職場とも言えるんだよ。」
当時の苦労を語られていても、その表情からは仕事に対する誇りが今も胸の中に赤々と燃え続けているように感じられ、
まるで立山会長ご自身が蒸気機関車のようだと思いました。

肥薩レトログラフィ

肥薩レトログラフィ

立山会長、岡本さん、本当にありがとうございました。

肥薩レトログラフィ

最後はみんなで記念撮影。

今回は見所が盛り沢山で分刻みのスケジュール、また足場の悪いところもあり、なかなかハードな行程でしたが、
何事も無く、おおむね予定通りにツアーを終えることができました。皆さんのご協力に感謝申し上げます。
(あ、出発直後に「ファミマ騒動」がありましたね…汗)

そして、細くて分かりにくい道でしたが、安全に運行してくださった伊都バスの越路さん、ありがとうございました。

今回の旅、皆さんの心には何が残ったのでしょうか。
ぜひともご感想をお聞かせ願えれば幸いです。

マルセル・プルーストはこう言っています。
「真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ。」
The real voyage of discovery consists not in seeking new landscapes, but in having new eyes.

エフ・ディはこれからも新しい目を持てるようなクリエイティブツアーを企画していく予定です。
どうぞお楽しみに!


「別府レトログラフィ」ツアーレポート

当日の天気は曇りときどき雨。福岡を出発するときはぽつぽつと雨が降っていました。
朝7時10分という、まだ空もうっすら明るいくらいの早朝から、みなさん時間通りに集まっていただき感動です!
今回ツアーの講師&バスガイドを勤めさせていただくわたくし、
石川は7時10分ぎりぎりという大失態…。みなさん、すみません。
バスはいつもの伊都バスさんです。越路さんいつもお世話になります。

別府へ向かう道中、バスの中は今回のツアー用に石川個人の好みでセレクトした昭和歌謡が流れます。
このコンピレーションアルバム用にCDデザインまでやる凝りよう。無駄に力入っています。

別府レトログラフィ

そして、今回もツアー特別配布冊子!つくりました!
今回はぎっしりカメラや写真について書いています。
シャッタースピードや絞りの関係から、被写界深度、露出補正など、カメラの基本から
講師の僕がいままで感じた“写真のこと”についても書いています。
作例は今回の別府レトログラフィの場所で撮ったものです。
総ページ数68ページ。こちらもかなり凝っています。
冊子だけでも売ってほしいと問い合わせがあるのですが、こちらはツアー特別配布なので販売しておりません。
申し訳ありません。。

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府に入る前に由布岳パーキングエリアでちょっと休憩。
ここから眺める光景、好きです。
バスの中からぞろぞろとカメラを首から下げてる人がでてくるので、
他に停車の方は、ちょっと不気味だったかもしれないですね。

別府レトログラフィ

次に向かうのは別府湾サービスエリア。
ここからは別府が眺められます。

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

みんな寒そうですね。

次に向かうのは「海地獄」。
神秘的なコバルトブルーの海地獄は、涼しげに見えますが温度は98度もあり、深さは200m。
約1200年前の鶴見岳の爆発によって出来たと言われています。

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

日曜日なのでたくさんの観光客で賑わっていました。
ここで、構図や露出についてレクチャー。
白煙の湯けむりは案外撮るのが難しいのです。

別府レトログラフィ

ベンチで微動だにしないおばちゃんがいたので思わずパチリ。

併設されている温室にも入りました。
ここは、大鬼蓮が栽培されています。
温室内は暖かく、トンボがふ化していました。

別府レトログラフィ

海地獄からつぎは鉄輪温泉街散策です。

別府には8つの代表的な温泉地があり、別府八湯と呼ばれています。
その一つ、鉄輪温泉は八湯の中で最も湯治場の風情を色濃く残す温泉街です。
開湯伝説によれば、一遍上人が荒れ狂う地獄地帯を鎮め、湯治場を開いたのが
鉄輪温泉の始まりとされています。

路地からあがる湯けむり。地熱が高いからか、ブーゲンビリアが咲いていたり、猫がたくさんいます。

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

ここで昼食もとりました。
たまたま入ったレトロな食堂。表から見る限りでは「???」でしたが、かなり味は当たりでした!

別府レトログラフィ

具が傾いている…。

別府レトログラフィ

写真好きが集まるとどこでもカメラの話。

別府レトログラフィ

風情ある鉄輪温泉から次の目的地、「別府市中央公民館」へ向かいます。
昭和3年(1928年)3月に竣工した別府市公会堂(旧名)で、
鉄筋コンクリート造の県下屈指の貴重な近代建築のひとつとされています。
内部にはステンドグラスや照明器具、噴水、トイレなど、
当時のままのデザインがまだ残されています。

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

かなり真剣に撮る、参加者のみなさん。

別府市中央公民館のつぎは別府駅へ向かいます。
別府駅周辺を散策します。

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

別府レトログラフィ

レクチャーしているとついついレポート写真を撮る暇がなく、
なんとも臨場感のつかめない写真ばかりで申し訳ありません。

そして、みなさん思い思いに行動されるので説明したくてもつかまらない…。うーん、次回の課題をいただきました。

日が暮れ始め、最後に訪れたのは「別府国際観光港」。
フェリー「さんふらわあ」が停泊していました。
ターミナルの2階にはマイケル・リンさんの絵が壁面いっぱいに描かれていて、フォトジェニック!

別府レトログラフィ

全員揃っていませんが(笑)、最後はここで記念写真。

帰りのバス内では一等にはオリンパスハーフが当たるビンゴゲーム。
albusさんより現像無料券や、L判10枚プリント無料券などもいただき大興奮でした。
もちろん、別府レトログラフィのCDもプレゼント!(あまり喜んでいなかったような…笑)

あいにくの天気でしたが、雨も一瞬でしたのでなんとか撮影することもできました。
なかなかフォローも行き届かなかったと思いますが、みなさん楽しんでいただけたようで良かったです。

みなさん、おつかれさまでした。
レクチャーのお手伝いをしてくださった、伊藤さん、albusの中田さん、ありがとうございました。
今回も安全に運行していたたいた伊都バスの越路さん、ありがとうございました。

別府レトログラフイの様子は、Facebookでもアルバム公開していますので、ご覧ください。


大牟田レトログラフィvol.2レポート

思い返せば昨年の9月。
クリエイティブツアーの記念すべき一回目は大牟田でした。
そして、今年も、夏の終わりに大牟田へ行って参りました!

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2013年9月8日(日曜日)。ぐずぐずとした天気が続き、朝も少し雨が残っている感じ。
どうなることかと思いましたが、みるみるうちに晴れ間が広がり、お昼前には間違えなく残暑!
夏の終わりの1日「大牟田レトログラフィvol.2」レポートです。

大牟田レトログラフィvol2

まず最初に訪れたのは、大牟田市石炭産業科学館。
大牟田市の炭鉱の歴史について学びます。

大牟田レトログラフィvol2

近代化産業遺産について説明してくださるのは、
去年に引き続き今年もご協力いただいた大牟田・荒尾 炭鉱のまちファンクラブの中野さんです。

大牟田レトログラフィ

大牟田市石炭産業科学館では、当時炭鉱で働いていた方々の声を集めた映像を見ることができたり、
地下400mの坑道を疑似体験できたりと、1時間では足りないくらいの充実した施設です。
大牟田の炭鉱はどのように優れていたか、どれほど最先端の技術が駆使されていたかなど、
とても分かりやすく理解することができました。

大牟田レトログラフィvol2

次に向かったのは中野さんイチオシの「勝立・山の神神社」。
今は管理者もなく廃墟になっていますが、
長い石段と大きな鳥居から、とても立派な神社だったことが伺えます。

大牟田レトログラフィvol2

炭鉱のある町には必ず“山ん神さま”が祀られています。(この神様、実は女性なのだそうです)
坑内での仕事は、常に命の危険が伴います。
炭坑夫たちは坑内に下る前に必ず、“山ん神さま”に一日の安全を願うのです。

境内の中に神様はいませんが、厳かな空気が漂っているように感じます。
かつて参拝していた人々の想いが残されているのかもしれません。

大牟田レトログラフィvol2

大牟田市宮原町の、宮原坑跡。
ここはかつて「修羅坑」と言われていた場所。
囚人労働が行なわれていた炭鉱で、過酷な労働が強いられていたことから、その名が付けられたそうです。

大牟田レトログラフィvol2

中には何が見えるのでしょう?
覗き込まないと見えないものは、くっきり明確なものよりも想像力が働きます。

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巻上機室の中に立ち入ることもできました。
室内はまるで時が止まっているかのように、操業当時の雰囲気のまま保存されています。

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小さなまどから光が射し込む様子がノスタルジック。

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皆さん思い思いの方向にカメラを向けています。

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そして、宮原坑で働いていた囚人たちを収容していたのが「旧三池集治監」でした。
現在、跡地には県立三池工業高等学校が建てられていますが、外壁は当時のまま残されています。
写真で見ても分かるように、高さ5〜6mもの巨大な壁。
そう頑張っても逃げられそうにはありません。

大牟田レトログラフィvol2

当時を知るお年寄りの話によると、朝と晩に、
囚人たちが手枷と足枷をされて宮原坑へと連れて行かれる様子が見られたそうです。
そのような日常の風景は現代では想像しがたいことですが、
しかし、場所は雄弁に当時の様子を語っていました。

大牟田レトログラフィvol2

お昼になるころには、大牟田は残暑の厳しい陽射しに照らされていました。
そしてお待ちかねの昼食です!
大牟田といえば粉もの、B級グルメ。「高専ダゴ」を食べました。

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その特徴は、何といってもこの大きさ!
そしてこの大きさを華麗にひっくり返す、おばちゃんたちの熟練のワザに目が釘付けです。

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すでにお腹いっぱいですが、レトロな風景とデザートは別腹。
「ガード下食堂」へと向かいます。
本当にガード下に(というよりも、もはやガードと一体化して)建てられている、老舗なのです。
この上なくノスタルジックな店内とメニュー。

大牟田レトログラフィvol2

デザートにかき氷とミルクセーキを食べました。
ミルクセーキは、あの懐かしい、ものすごい音のする昔ながらのミキサーに氷と砂糖と卵を入れて、
「ガガガガガガ」とミックスしていました。
添えられたみかんも相まって、昭和にタイムスリップしたみたいです。

大牟田レトログラフィvol2

午後は大牟田市のお隣、荒尾市の「万田坑」へ。
ここは、明治時代につくられた炭鉱の中では国内最大規模を誇る主力坑でした。
第二竪坑の鋼鉄製やぐらや巻揚機室、事務所、浴室などが現存しており、見応えがあります。

大牟田レトログラフィvol2

施設内を案内してくださったのは、お父さんが炭坑夫だったという方。
思い出話を交えながら、一つひとつ丁寧に説明してくださいました。

大牟田レトログラフィvol2

話の中では炭鉱の過酷な側面も多く語られました。
高度経済成長期を支えていたのは庶民。その命は当時軽く扱われていたこと。
現在の日本に至るまでには、多くの犠牲があったことを考えずにはいられません。

大牟田レトログラフィvol2

青空学級。
ひと休みしている所に、ガイドさんが椅子を出してくれたのです。
この平和な時間がいっそう心に沁みました。

大牟田レトログラフィvol2

少し時間があいたため、急遽スケジュールにはなかった「三川坑跡」へ。
ここは日本産業史に名を残す「三井三池労働争議」の舞台となり、
戦後最大の産業事故といわれる「三井三池三川炭鉱炭じん爆発」が起きた場所です。
昭和38年、死者458名、一酸化炭素中毒患者839名を出したこの痛ましい事故は、
三池炭鉱の閉山を早める遠因ともなりました。

安全面から現在は中に立ち入ることはできませんが、
竪坑ややぐら、それらが見えなくても、この門には圧倒的な存在感があります。
直接的に何かを見せることはなくても、閉ざされた門は大牟田という町の歴史や炭鉱の光と影、
そこにある人々の想いを私たちに訴えかけます。

大牟田レトログラフィvol2

そして、日も少し落ちてきたところで、お待ちかねのビアガーデンへ!
大牟田市にて約50年の歴史を持つ老舗「ビヤガーデン博多屋」です。

大牟田レトログラフィvol2

今年最後の営業日。
皆さん夏の締めのビールを楽しんでいました。
まるでプライベートなお庭でビールを楽しんでいる気分!木に覆われていて、とても涼しいのです。
蚊取り線香の匂いが風流。最高のシチュエーションでした。

一部写真提供:Fukuokaさん、Murakamiさん、ありがとうございました。